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  • 公開日:2022.02.24

【過去の判例から学ぶ】薬剤師が気を付けたい調剤のミスとは?

【過去の判例から学ぶ】薬剤師が気を付けたい調剤のミスとは?

薬剤師は人の命を預かる職業であり、重い責任を負っています。調剤ミスを起こしてしまうと、患者さまに重大な健康被害をもたらすだけでなく、患者さまや他職種からの信用を失ってしまうことも。

ミスを未然に防ぐ取り組みはもちろん、ミスを犯してしまったときにはどのように対応すべきか、また再発させないためにはどうしなくてはならないのかをしっかりと考慮することが大切です。 この記事では、調剤ミスの概要や過去の事例、ミスをしてしまった際の対処方法、ミスを防ぐための対策について解説していきます。

調剤ミスとは?定義を確認

 調剤ミスとは?定義を確認

日本薬剤師会の発行している『薬局・薬剤師のための調剤事故防止マニュアル』において、調剤ミスに関するいくつかの用語が定義されています。

  • 【調剤事故】 医療事故の一類型。調剤に関するすべての事故に関連して、患者に健康被害が発生したもの。薬剤師の過失の有無を問わない。
  • 【調剤過誤】 調剤事故の中で、薬剤師の過失により起こったもの。調剤の間違いだけでなく、薬剤師の説明不足や指導内容の間違い等により健康被害が発生した場合も、「薬剤師に過失がある」と考えられ、「調剤過誤」となる。
  • 【インシデント事例(ヒヤリ・ハット事例)】 患者に健康被害が発生することはなかったが、"ヒヤリ"としたり、"ハッ"とした出来事。患者への薬剤交付前か交付後か、患者が服用に至る前か後かは問わない。
  • 引用: 日本薬剤師会「調剤行為に起因する問題・事態が発生した際の対応マニュアル 」

    これらは、いずれも薬剤師が関わる可能性のある調剤ミスの類型です。このうち、一般的に調剤ミスとして認識されているのは、薬剤師の過失によって起こる「調剤過誤」です。また、「ヒヤリ・ハット事例」のうち、とくに重要なものは、公益財団法人日本医療機能評価機構の公式ホームページに随時掲載されています。あわせて確認しておくとよいでしょう。

    薬剤師が調剤ミスをしたらどうなる?

    薬剤師が調剤ミスをしたらどうなる?

    薬剤師の調剤ミスにより、患者さまに誤った薬剤が投与されてしまうと、ときに重大な健康被害をもたらすことも。その場合に問われる責任には、どのようなものがあるのでしょうか。

    社会的責任と法的責任

    薬剤師が調剤事故を起こしてしまった際に負う責任には、「社会的責任」と「法的責任」の2つがあります。社会的責任とは道義的なもので法的な強制力はありませんが、社会から非難を浴びたり信用を失ってしまったりすることで、結果的に患者さまの減少につながる可能性もあるでしょう。法的責任とは、法律に基づいてその人に課された義務で、「刑事責任」「民事責任」「行政責任」の3つに分けられます。

    3つの法的責任とは

    調剤事故や調剤過誤が原因で、患者さまとの医事紛争に発展してしまった場合には、刑事責任と民事責任の法的責任を問われます。さらに、業務の停止や免許の取り消しなどの行政責任が問われる場合もあるので注意が必要です。

    刑事責任

    刑事責任とは国に対して負う責任であり、犯罪を実行した者には懲役刑や罰金刑などの刑罰に処せられます。薬剤師が調剤事故を起こしてしまった場合において、被害が重大な事例では、業務上過失致死傷罪(刑法211条)などに問われることがあります。

    民事責任

    民事責任とは、被害者である患者さまに対して、損害の填補のために金銭を支払わなければならない責任(損害賠償責任)をあらわしています。患者さまが受けた被害と薬剤師の過失に因果関係が認められた場合に生じるもので、服用前に気づいて実害が発生しなかった場合などは民事責任に問われないこともあります。

    行政責任

    行政責任とは、厚生労働省などの行政が薬剤師法8条や5条に基づいて与える処分や罰則を受ける責任のことです。戒告や3年以内の業務の停止、免許の取り消しなどの処分が行われます。薬局に対しても、薬機法第75条により、業務停止や許可の取り消しなどの行政処分が行われる場合もあります。

    過去の調剤ミスの事例について確認しよう

    過去の調剤ミスの事例について確認しよう

    公益財団法人日本医療機能評価機構が公表している過去の調剤ミスの事例について、確認していきましょう。

    後発医薬品への変更に関する事例(取り違い)

    事例の内容

    レンドルミン錠0.25mgを後発医薬品へ変更する際に、 ブロチゾラム0.25mg「日医工」に変更するところ、トリアゾラム錠0.25mg「日医工」と取り違えた。 鑑査時に間違いがわかり、調剤し直した。

    背景・要因

    一般名が似ていたため、取り違えた。引き出しが整理整頓されておらず、煩雑な状態であった。 箱の外観も似ており、確認が不十分であった。

    事例が発生した薬局の改善策

    向精神薬の配置を整理し、先発医薬品に対応する後発医薬品をスタッフ全員で再確認した。

    引用:公益財団法人日本医療機能評価機構「後発医薬品への変更に関する事例」

    こちらは、後発医薬品への変更を行う際に誤った薬剤を調剤してしまった事例です。取り違えやすい組み合わせは、異なる成分で名称が類似している医薬品に加えて、普通錠とOD錠(口腔内崩壊錠)などの異なる規格のもの、同じ成分で複数のメーカーを採用しているものなど多岐にわたるため、注意深く確認することが必要です。

    一包化調剤に関する事例(数量の誤り)

    事例の内容

    患者に一包化調剤した薬剤を交付した。その後、手撒きで分包したニコランジル錠5mg「日医工」が分包機に1錠残っていることに気づいたため、患者に薬剤を持参してもらったところ、ニコランジル5mg「日医工」が入っていないものが1包見つかった。調剤し直して患者に渡した。

    背景・要因

    分包機が古いせいか、手撒き部分に錠剤が残ることが度々起こっていた。錠剤が小さく軽いため、落下しなかったと思われる。1人の薬剤師が調剤と鑑査を行っており、忙しかったこともあって、薬剤が入っていないことを見逃した。

    薬局が考えた改善策

    調剤後に、薬剤が分包機の手撒き部分に残っていないか確認する。

    引用:公益財団法人日本医療機能評価機構「一包化調剤に関する事例」

    一包化した薬はPTPシートと比較して間違いに気づきにくいため、調剤後に一包ずつ中身を確認することが重要です。分包機の点検や修理などについても、ルールを決めておきましょう

    骨粗鬆症治療薬に関する疑義照会の事例(成分・薬効の重複)

    事例の内容

    往診により処方された薬剤を90歳代の患者に届けるため、施設を訪問した。患者はリカルボン錠50mgを月に1回服用しているが、お薬カレンダーにデノタスチュアブル配合錠が入っていた。家族に確認すると、整形外科を受診し、骨粗鬆症の治療のためプラリア皮下注60mgシリンジを投与されたことがわかった。往診している主治医に相談したところ、以前から服用していたリカルボン50mgを中止することになった。

    背景・要因

    家族の判断により患者は整形外科を受診した。整形外科から処方された薬剤を家族が施設の職員に渡し、施設の職員がお薬カレンダーに薬剤をセットした。

    薬局が考えた改善策

    施設から外出して病院を受診する時は、必ずお薬手帳を携帯して受診先の医師に見せるよう指導した。

    引用:公益財団法人日本医療機能評価機構「骨粗鬆症治療薬に関する疑義照会の事例」

    患者さまが骨粗鬆症の治療を複数の診療科で行っている場合、成分や薬効が重複する薬剤が処方されてしまうことがあります。外来で投与される注射剤はお薬手帳に記載されていない可能性があると認識したうえで、患者さまやご家族からの定期的な聞き取りを心がけることが重要です。

    薬袋の記載間違いに関する事例

    事例の内容

    患者にバラシクロビル粒状錠500mg「モチダ」1日6包が処方された。患者を担当しているヘルパーが、薬剤の残量が多いことに疑問を持ち、その確認のために来局した。レセプトコンピュータの入力は1日6包と正しく入力され、調製した薬剤の数量も正しかったが、ヘルパーが持参した薬袋には1日3回1回1包と記載されていたため、患者は薬袋の記載通り1回1包で服用していた。

    背景・要因

    患者が帯状疱疹であることはわかっていたが、薬剤を交付する際、薬袋と薬剤情報提供書をみて1回1包ずつ服用するよう説明した。処方された薬剤が多く、他の薬剤は一包化調剤を行っていた。

    薬局が考えた改善策

    レセプトコンピュータの設定を変更する。鑑査時に、薬袋と薬剤情報提供書の記載内容を処方箋と照らし合わせて確認する。

    引用:公益財団法人 日本医療機能評価機構「薬袋の記載間違いに関する事例」

    薬剤が処方箋通りに正しく交付されていても、薬袋や薬剤情報提供書の記載間違いなどにより、患者さまが服用方法を誤るケースがあります。調剤や鑑査の際には、処方箋と薬剤の照合だけでなく、薬袋や薬剤情報提供書、お薬手帳の記入内容などについても確認しましょう。

    名称類似に関する事例

    事例の内容

    処方箋にマイスタン錠5mgが記載されていた。てんかんの既往歴のある患者であったため、処方箋通りにマイスタン錠5mgを調剤した。薬剤を交付する時、患者の話と処方内容が食い違うため疑義照会したところ、医師はマイスリー錠5mgを処方するつもりであったことがわかった。医師の処方間違いであった。

    背景・要因

    処方医による単純な入力間違いであったが、患者にてんかんの既往歴があったため、薬局での調剤時には間違いに気付かなかった。

    薬局が考えた改善策

    過去にもマイスリー錠5mgとマイスタン錠5mgの取り違え事例が複数あったことを病院へ報告した。さらに、マイスリー錠5mgを処方する時は、一般名処方するように依頼し、改善された。薬局でも再度、取り違えの事例について周知徹底した。

    引用:公益財団法人日本医療機能評価機構「名称類似に関する事例」

    処方監査を行うときは、お薬手帳や患者さまからヒアリングした情報をもとに、 医師の処方意図と処方箋に記された薬剤が一致しているかを確認しましょう。薬剤の効能・効果や用法・用量について、日頃から正しい知識を身につけておくと判断しやすくなります。

    ミスをしてしまった際の対処方法とは

    ミスをしてしまった際の対処方法とは

    実際に調剤ミスが現場で起きてしまった場合には、どのように対処すれば良いのでしょうか。速やかに対応できるように、以下の流れについて確認しておきましょう。

    初期対応

    調剤ミスに気付いた時点で、以下の内容を確認して正確に記録します。

  • 患者さまの氏名、生年月日
  • 電話をかけてきた人の名前(本人との続柄)
  • 電話番号(連絡先)
  • どこの医療機関の処方薬か
  • どのような間違いか
  • 服用(使用)前か後か
  • 服用(使用)回数及び直近の服用(使用)からの時間等 ※服用(使用)後であれば
  • 患者がどのような状態か
  • 次に聞き取った情報を整理して、患者さまへの影響レベルを把握します。その後は必要に応じて医師の判断を仰ぐなど、患者さまの健康被害を最小限に留めることを第一に考えて行動するのが重要です。

    患者さま・家族への対応

    実際に過誤があったとわかったら、被害が拡大するのを防ぐために、患者さまや家族に対して適切な指示を行うことが重要です。とくに、健康被害が重大である場合や緊急性があると判断した場合には、速やかに救急車の要請や受診勧奨などが必要となる場合もあります。

    服用前にミスに気付くなどして、健康被害が発生していないケースにおいても、患者さまへの説明と話し合いは必ず実施しましょう。

    事後対応

    調剤ミスによって患者さまの健康被害が疑われたり、実際に健康被害が生じたりした場合には、患者さまの容態や経過、話し合いの状況、再発防止策などについて所属する薬剤師会に相談します。

    そのうえで、状況に応じて市町村や保健所にも報告が必要です。重篤な副作用が起こったり、合併症や後遺症があらわれたりした際には、長期的な対応が求められることもあります。また、場合によっては報道機関や警察、保険会社への対応も必要になるでしょう。

    ミスを防ぐために取るべき対策とは

    ミスを防ぐために取るべき対策とは

    調剤ミスを100%防ぐのは困難ですが、防止するためのポイントを知っておくとミスを減らすことも可能です。次では、具体的な対策をご紹介していきます。

    複数名でのチェックを徹底する

    調剤ミスを減らすために効果的な方法の一つとして、複数名でチェックを行うことがあります。業務フローを見直して、実現可能な環境作りを行いましょう。機械による鑑査システムの導入や声出し確認も効果的です。服薬指導時には、最終チェックを患者さまとともにするのも効果的な対策になります。

    少しでも疑問があれば疑義照会を行う

    処方箋通りに調剤を行ったとしても、医師の処方自体が誤っている場合もあるため、用法・用量や禁忌、相互作用などについても十分な確認を行います。処方に疑わしい点があった場合には、小さな疑問でも疑義照会を行うことが重要です。処方箋の文字が識別しづらい場合なども、自己判断せずに疑義照会を徹底しましょう。

    誤りやすい名称を知っておく

    名称の似ている医薬品や複数規格のある医薬品は、調剤ミスにつながる可能性が高いため、とくに注意が必要です。以前に取り違いのあった薬品については、スタッフ間で情報を共有しておきましょう。薬品棚に「複数規格あり」などの警告ラベルを貼っておくと間違いにくくなります。ミスを防ぐ環境作りが重要です。

    処方箋が複数ある場合はとくに注意

    複数の診療科を受診している患者さまの場合、まとめて複数の処方箋を持参することがあります。医療機関同士での情報共有ができていない場合には、薬の飲み合わせにより、成分の重複や相互作用が身体に悪影響を及ぼす恐れがあるため、とくに注意が必要です。お薬手帳を持参している患者さまにおいても、記載漏れがないか、ヒアリングを行いましょう。

    万が一に備えて調剤ミスの対処方法を知っておこう

    今回の記事では、調剤ミスの概要や過去の事例、ミスをしてしまったときの対処方法、ミスを防ぐために取るべき対策について解説しました。

    調剤ミスは、患者さまの命に関わることもあります。もちろんミスを起こさないのが重要ですが、万が一ミスが起きた場合に速やかに行動できるよう、普段から対処方法について確認しておきましょう。

    執筆者:ヤス(薬剤師ライター)

    新卒時に製薬会社にMRとして入社し、循環器や精神科からオンコロジーまで、多領域の製品を扱う。

    現在は患者さまと直に接するために調剤薬局チェーンに勤務しながら、後進の育成のために医薬品のコラムや医療論文の翻訳など、多方面で活躍中。

    記事掲載日: 2022/02/24

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