業界動向
  • 公開日:2020.06.22
  • 更新日:2021-12-17

医師のタスクシフティングで変わる薬剤師の役割とは?

医師のタスクシフティングで変わる薬剤師の役割とは?

現在、「医師の働き方改革」を実現すべく、「医師から他職種へのタスク・シフティング(業務移管)」が医療現場で進んでいます。これは医師が担当している業務の一部を、薬剤師や看護師をはじめとした医療従事者が実施できるように仕組みを整えるものです。

この記事では、タスク・シフティングが推進される背景、薬剤師に求められる新たな役割、今後の取り組むべき課題などについて解説していきます。

医師のタスク・シフティング/タスク・シェアリングとは?

医師のタスク・シフティング(業務の移管)やタスク・シェアリング(業務の分配)とは、一人の医師に集中している業務を、可能な範囲で薬剤師や看護師、臨床工学技士などに移管・分配する取り組みです。医師の負担軽減に加えて、患者さまからの要望や問い合わせにスピーディかつ丁寧に対応できるという点も期待されています。

厚生労働省が2007年に通知した「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」では、医師の業務負担軽減を図るため、点滴に係る業務の一部や、診断書などの書類作成について、医師以外の医療従事者の積極的な活用が推奨されました。

2021年5月には、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」が公布され、タスク・シフティングの取り組みが本格化。

そして2021年9月には、厚生労働省が都道府県知事に向けて「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」を発出し、医師からほかの医療従事者への割り振り可能な業務例が示されたという経緯があります。

タスク・シフティングとタスクシェアリングの違い

タスク・シフティングとタスク・シェアリングは、どちらも医師の業務負担軽減を目的としている点で共通しています。主に異なる点は、業務の進め方です。

タスク・シフティングが、医師に偏っている業務のうち、対応可能なものをほかの医療従事者に譲渡・移管する取り組みである一方、タスク・シェアリングは、医師の業務をほかの医師従事者と分けあう(共同で実施する)取り組みを指します。

医師の働き方改革が進んでいる背景とは

医師の働き方改革が進んでいる背景とは

医療現場でタスク・シフティングが進められている背景には、医師の慢性的な長時間労働や過労死の問題があります。その要因には、以下のような現状をあげることができます。

  • 救急搬送などを含めた急患への対応
  • 長時間にわたる手術
  • 外来患者さまの多さ
  • 事務作業の多さ
  • 患者さま都合による診療時間外での対応
  • 診療時間外の看取り対応

また、所定の時間外での対応の必要性を定めた「医師の応召義務」の存在や、質の高い医療を提供したいという医師の職業意識の高さも要因の一つだと考えられています。さらに、高齢の患者さまの増加、治療技術の進歩による手技の複雑化といった需要の変化から、医師の負担は今後も増加するでしょう。

そんな状況下で、2018年6月、「働き方改革関連法」が国会で成立。国民の時間外労働を罰則つきで取り締まる上限規制が設けられました。医師については業務上の事情を考慮して2024年4月からの適応とされ、以降は時間外労働が原則的に年間960時間までと定められました。このようにして、医療業界でも働き方改革が進められることになったのです。

薬剤師がタスク・シフティングで担う新たな役割

前述の資料「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」には、薬剤師へのタスク・シフティングが可能な業務は以下と記述されています。

手術時や前後における薬剤管理

手術時やその前後を含めた一定期間ついて、以下のような薬剤業務を担えます。

手術前

  • 患者さまの服用中の薬剤、アレルギー歴、副作用歴などのチェック
  • 術前中止薬についての患者さまへの説明
  • 医師や薬剤師などが事前に取り決めたプロトコールに基づく術中使用薬剤の処方オーダーの代行入力
  • 医師による処方後の払出し

手術中

  • 麻酔薬などの投与量のダブルチェック
  • 鎮痛薬などの調製

手術後

  • 患者さまの状態にあわせた鎮痛薬などの投与量や投与期間の提案
  • 術前中止薬の再開を確認するなど周術期の薬学的管理

病棟などでの薬学的管理

病棟などでの薬剤管理に関連する以下のような業務を担当できます。

  • 調剤された後の薬剤や病棟配置薬の管理状況のチェック
  • 高カロリー輸液などの調製
  • 患者さまに投与する薬剤のチェック
  • 配合禁忌のチェックや投与速度の提案

処方薬の投与量の変更

医師による処方の範囲内で、薬剤の投与期間(投与間隔)や投与量の変更、必要に応じた医師への薬剤の提案が可能とされています。その際、事前に決められたプロトコールを基に、医師と薬物治療のモニタリングや検査を実施して治療効果を確認したうえで行うことが必要です。変更後は、医師や看護師との情報共有が求められるので注意しましょう。

また同様の条件下で、薬物療法を行っている患者さまの薬学的管理を実施し、服薬方法や薬剤の規格を変更することも可能です。

薬物療法に関する説明

薬剤師は、薬物療法に係る以下の業務についても担えます。

  • 医師が治療方針などを説明したあとの薬物療法に係る治療スケジュールの説明
  • 同療法の有効性や副作用などの患者さまへの説明
  • 同療法の副作用を軽減するための対応方法と記録の残し方についての患者さまへの説明
  • 患者さまの苦痛や不安軽減のための薬物療法に関する相談・指導

医師への処方提案

入院している患者さまに関する医師への処方提案について、以下の業務が可能です。

  • 患者さまの入院時に持参薬を確認し、複数の内服薬が処方されている患者さまや薬物有害事象の存在や服薬過誤、服薬アドヒアランス低下などのおそれのある患者さまについて、処方内容を包括的に評価する
  • アレルギー歴や副作用歴を確認し、服薬内容、バイタルサイン(血圧、脈拍、体温など)、肝機能、腎機能の検査結果を医師と診療録で確認後、回診・カンファレンスに参加したうえで処方提案などの支援を行う
  • 外来診療の診察前に薬学的な観点から患者さまへの確認を行い、医師へ情報提供を行う

糖尿病の患者さまへの自己注射などの実技指導

服薬指導の一環として、糖尿病の患者さまなどの自己注射や自己血糖測定について実技指導を行えます。ただし、薬剤師が患者さまに直接注射を打つことはできません。

医師の包括的指示と同意がある場合に、薬剤師は医師に代わって主体的に上記の業務を行えるようになります。

タスク・シフティングを進めるための課題

タスク・シフティングを進めるための課題

意識改革・啓発

各医療従事者のモチベーションや危機管理の意識が重要です。取り組みを円滑に進めるためには、全員が同じ認識をもてるよう、管理者向けのマネジメント研修や医師への説明会、部門ごとの責任者に対する研修などでの意識改革や啓発が必要になります

知識・技能の習得

初めてタスク・シフティングを受ける医療従事者は、不安や戸惑いを感じるでしょう。その解消のために、病院がシミュレーションを含めた研修や指導方法の統一、マニュアル作成などを行い、関係者の知識・技能を担保することが求められます

余力の確保

タスク・シフティングを受ける側の医療従事者の余力確保も重要です。前述のように、薬剤師にも幅広い活躍が期待されています。これまでの「調剤・処方・服薬指導」だけでなく、対人的な業務やカルテ作成などの事務的な業務も増えるでしょう。

余力確保の手段としては、ICT機器の導入や医師以外の職種に関するタスク・シフティングへの取り組み、現行の体制の見直しなども考えられます。

薬剤師の業務効率化も進んでいる

厚生労働省は、薬剤師の負担軽減のため、薬剤師にしか対応が許されていなかった一部業務について方針の変更を示しました。これにより、薬剤師の責任かつ管理下であれば、資格をもたないスタッフでも、下記の業務に対応することができます

  • 事前にPPTシートなどでパッケージ化された医薬品を処方箋に基づいて用意する
  • 薬剤師の監査前の一包化した薬剤の数量チェック
  • 納品された医薬品を調剤室内の棚に納める
  • 調剤済みの薬剤を患者のお薬カレンダーや院内の配薬カートに入れる
  • 電子画像を用いてお薬カレンダーを確認する
  • 医薬品の在庫不足で取り寄せた際、服薬指導等を薬剤師が行った後に患者さまの自宅に薬剤を郵送する

この制度変更をうまく取り入れて薬剤師の業務を分散・効率化させることも、検討すべき事項の一つでしょう。

タスク・シフティングで薬剤師の存在意義が高まる

2024年4月に向けて、タスク・シフティングは急速に進められています。これからの薬剤師には薬物治療の中心的存在として、ますます医師や看護師をはじめとした医療従事者との積極的な連携が求められるでしょう。そして取り組みの一環である「プロトコールに基づく薬物治療管理」が実現すれば、疑義照会など従来の定型業務の簡略化が期待できるとも言われています。

しかし、専門性の高い診療分野でのタスク・シフティングがすぐには難しいのが事実です。これらをスムーズに実現させるため、日本病院薬剤師会では「タスク・シフティングに関連する取り組み事例」を公開しています。

こういった過去の事例などを参考に、業界全体で成功実績を積み重ねていくことで、着実に取り組みは進んでいくでしょう。

青島 周一さんの写真

監修者:青島 周一(あおしま・しゅういち)さん

2004 年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012 年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。(特定非営利活動法人アヘッドマップ)共同代表。

主な著書に『OTC医薬品 どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医療情報を見る、医療情報から見る エビデンスと向き合うための10のスキル(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』

記事掲載日: 2020/06/22

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