業界動向
  • 公開日:2019.07.19

「人生の冒険パスポート」たる薬剤師免許のおかげで、自分らしい生き方ができている。松本あづささんインタビュー【薬剤師+世界の料理研究家】

「人生の冒険パスポート」たる薬剤師免許のおかげで、自分らしい生き方ができている。松本あづささんインタビュー【薬剤師+世界の料理研究家】

薬剤師としてのお仕事以外でも活躍される方にお話しをお聞きする、インタビュー連載企画。第6弾となる今回は、薬剤師/薬学講師/世界の料理研究家として幅広く活躍されている【松本あづささん】にお聞きしました。

「すばらしい薬剤師の輩出」に魅力を感じ、薬学講師の道へ

薬剤師の仕事に興味を持ち、具体的な進路として考え始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

幼少期から、両親には薬剤師の道を勧められていました。だから、「将来は薬学部に進学するんだ」と自然に考えていましたね。

さらに、父が有機合成や食品科学の研究者だったり、父が所有する化学や物理の本を親しんで読んでいたり、従兄が医学部に進学したり...と仕事で医療に関わることを意識しやすい環境だったのも大きいと思います。

母からは、「従兄が医者に、あづさが薬剤師になれば、家族経営できるから老後も安心」と冗談交じりに言われたりもして(笑)。ですので、大学も薬学部一本で受験し、せっかくならたっぷり学ぼうと大学院にも進みました。

結果的には卒業後、薬剤師ではなく薬学講師になりましたが、この道を勧めてくれた両親には本当に感謝しています。

小さい頃から薬剤師になると考えられていたのですね。一方で、大学院卒業後のファーストキャリアとしては、薬剤師でなく薬剤師国家試験対策予備校の講師を選択されています。その経緯を教えていただけますか。

大学の成績は常にトップでした。難しい薬学の専門内容を、分かりやすく平易な理解に変えて会得するのが得意で、友人や後輩をはじめ先輩にも勉強を教えることがありましたね。

そうして過ごすうちに、自分1人が薬剤師になること以上に、すばらしい薬剤師を1人でも多く輩出することに魅力を感じるようになりました。そして、大きな社会貢献にもなると確信したのが、薬学講師を目指したきっかけです。

これまで、予備校講師のほかにも、企業のMR教育や薬学生向け講座の講師、薬科大学では薬剤師国家試験対策本部准教授を勤め、"薬剤師国家試験のカリスマ"として日経誌で紹介していただくこともありました。講師の仕事は、自分の能力を活かせる天職だと思っています。

大学時代のご経験がきっかけで、薬剤師を育てる道へ進まれたのですね。カリスマ講師として、これまで多くの薬剤師を世に送り出してこられたと思いますが、受講生に薬学を教える際、意識していることはありますか?

医療社会に貢献できる薬剤師を輩出することは意識しています。

国試の合格点を取ることはゴールではありません。国試では100点満点換算で65点とか70点を取れば合格かもしれませんが、医療の現場では100人中1人でも迷惑をかけたら失敗、「99点でも不合格」なんです。

薬剤師は、そうした覚悟の上で就く職業だと思っています。覚悟があれば、100点を目指すのが当たり前となり、少なくとも合格ラインを気にする勉強はしなくなりますよね。

このような考えは、受講生にできるだけ伝えるようにしています。結果、受講生が国試に合格するだけでなく、社会に貢献できている様子を見ることも増えてきました。1つのゴールにたどり着いた気がして嬉しいですね。

結婚を機に4年3ヶ月の世界旅へ。予想外の出来事で世界の料理研究家の道に

ナイジェリアで撮影した写真

(写真:空を仰ぐ丘の上に素晴らしい王国が。王家の人々と。撮影地:ナイジェリア)

熱い想いを持って教壇に立たれているのですね。薬学講師としてだけでなく、世界中の国を実際に訪れ、各国の料理情報を発信する「世界の料理研究家」としても活動されていますが、旅を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

百科事典やテレビ番組などの影響で、ナスカの地上絵やエジプトのピラミッド、雄大なヒマラヤ山脈、美しいアフリカの王国など、地球の素晴らしい遺産や文化の数々をこの目で見てみたいという夢を小さい頃から抱いていました。

薬学講師として就職後、結婚を機に職場を離れたのですが、人生の大きな節目ということもあり、「世界を見る夢」を叶えるチャンスだと思ったんです。

旅に出ることに不安はありませんでした。恩師が贈ってくれた、【薬剤師免許があれば、人生、冒険ができる】という言葉の存在が背中を押してくれたんです。その言葉があったから、長期間仕事を離れることに対する不安もありませんでしたね。

また、一緒に旅に出た主人も、もともと独立国を全制覇するほどの旅好きでした。だからこそ、私の希望に応じてくれて、結果的には4年3ヶ月で230ヶ国も旅ができたんです。

▼4年3ヶ月におよぶ旅日記はこちら

4年3ヶ月もの間、世界を巡られていたのですね。まさに「冒険」をされたと思いますが、旅の中で、世界の料理研究家として活動を始めたのはいつごろだったのでしょうか?

もともと料理も調査も勉強も好きだったので、旅の初日から各国の料理情報を細かく記録していました。

「アフリカの国をすべて見たい」と私が希望し、4年のうち半分はアフリカで過ごす計画を立てていました。ところが、制覇まで残り5ヶ国となった時に、ジブチとエリトリアが戦争を始めて、アフリカ旅は中断せざるをえず...。急遽、西アジアのイエメンに降り立ったのです。

この頃には料理のレシピも膨大な量になっていました。また、予想外のルート変更とは言え、様々な地域の国を周れるようになったこともあり、「これなら世界の料理の道で誰もやっていないことが達成できる」と思いましたね。

旅の間、世界の料理情報をホームページで公開してきたところ高アクセス!そこで帰国後は、世界の料理について情報を発信する『NDISH』を立ち上げました。

予想外のハプニングもありながら、それをすべて糧にされてきたすばらしい行動力ですね。現在は、「世界の料理研究家」として、どのような活動をされていますか?

薬学講師業と並行しつつ、世界の料理情報サイト『NDISH』の更新は続けています。最近は、各メディアへのレシピ提供や、調理イベントの講師なども行っています。

ここ数年は、2017年にレシピブログアワード受賞、2018年はサッカーの世界大会にちなみ全出場国の料理を作るイベントの調理指導、2018年・19年はレシピブログ・ハウス食品(株)の認定「スパイス大使」として活動しています。

直近では、7/23(火)にNHK総合テレビで放映されるスペシャルドラマ『夢食堂の料理人~1964東京オリンピック選手村物語~』にて、アフリカ料理の情報提供と監修を行いました。

ワールドカップイベントで調理した料理の写真

(写真: 2018年のイベントで調理した出場全32ヶ国の料理。撮影地:松本さん自宅)

「次世代に本物を伝える教育をしたい」との想いで薬剤師として現場に立つ

薬学講師としても世界の料理研究家としても精力的に活動されていますが、加えて現在は薬剤師としてもドラッグストアで働かれています。どのような思いから薬剤師のお仕事を始められたのでしょうか?

きっかけは高校3年生の春。薬学部合格を近所の薬局のおじさんに伝えに行ったら、「頭でっかちになるなよ」と言われたことですね。

当時はよく意味が分かりませんでした。しかし、長らく薬学講師業に携わる中で、「現場に立ち、患者さまと悩みや痛みを分かち合わなければ本当の薬学は教えられない」と考えるようになりました。おじさんが言いたかったのは、そういうことなんじゃないかと。

また、フリーランス講師の今だからこそ、チャンスかもしれないと思うようになりました。薬学講師と薬剤師を兼業すれば、「薬剤師として現場に立つこと」「薬学講師として学生を指導すること」を同時並行できますから。思い切って、両立に踏み切ったんです。

薬剤師として働くことは、ずっと考えられていたことだったのですね。様々な職場がある中で、ドラッグストアを選んだ理由はなんだったのでしょうか?

患者さまの治療支援だけが薬剤師の務めではありません。健康な人が健康でい続けることや、セルフメディケーションを普及させることも、薬剤師の大切な務めだと思ったんです。

だからこそ、大型ショッピング施設のドラッグストアでパート薬剤師として従事することにしました。病気を治したい人も健康な人も、支えられますから。

ドラッグストアで実際にお客さまと接する際、これまでの経験がどのように活きているでしょうか?

まず、講師業で培った分かりやすく話す技術が活きています。

たとえば、「薬物相互作用は回避すべき優先事項でございますので」は、「からだのなかでおくすりどうしがケンカしたらこまるものね」と簡単な言葉で言い換えます。こうすることで、ご年配の方やお子さま連れの方にも分かりやすく伝わりますよね。

ただし、言葉の変換ができればそれで良いということではありません。大切なのは、正しい日本語を使い、よどみなく、お客さまに必要なことが伝わること。言葉も医療の大事なツールで、治療効果向上と薬物の安全使用に向けての支援に欠かせないものであると考えています。

また、お客さまに合わせて、話し方などを変えるようにしています。さらに、相手が正しくても間違っていても、まずは考えや意見を肯定して、すぐに間違いを正さないことも、信頼関係の構築に大切ですよね。いい先生でしょ(笑)医療現場だといい薬剤師さんね♪

世界の料理研究家としての経験も役立っていますよ。世界には、減塩料理や高カルシウム料理がたくさんあるので、腎疾患や骨粗鬆症など日々の食事に悩む患者さまやご家族さまにお伝えしています。健康なお客さまにも、身体に良い世界の料理知識は喜ばれていますね。

加えて、近年増加している外国人の立場に立った提案も心がけています。イスラム教徒の方が来店された際は、宗教上豚肉を食べることができないので、豚由来のゼラチンを使っていない医薬品を勧めたこともあるんですよ。

グローバリゼーションが進む中、世界の食文化の知識と薬剤師の職能を両立することは、より重要になってくるのではないかと思います。

薬剤師免許は、"理想の自分"に近付くための冒険パスポート

マリで撮影した写真

(写真:憧れの大地、アフリカ大陸で食べる日々の食事の1コマ。撮影地:マリ)

最後に、今後のキャリアに悩む薬剤師に一言お願いします。

【薬剤師免許を持っていると、人生、冒険ができる】という恩師の言葉をシェアします。私も、「自分の人生は、未来の理想の自分に近づくために努力するもの」と考えてきました。

薬剤師免許は職を得るためだけのものではありません。薬学を学び薬学に従事してこられた経験と実績は偉大です。本来薬学は、実に多岐にわたる幅広い学問ですから。それを修得した私たちは、奥深い人生も幅広い人生も自分が選んだ道を歩んでいけるのだと思います。

薬学には幅広い未来がある。すなわち、あなたの未来も幅が広い。どう歩んでいくか悩んでしまわれたときは、"未来の理想の自分"をゆっくりと思い描いてほしいです。

思い描けたらもう大丈夫。あとはそれに近づく努力をしていけるのだし、理想に近づいていく時間は、あなたを有意義に輝かせる時間となるでしょう。そうして私は陰ながらあなたの未来を応援しています。

松本あづささんの写真
  • 松本あづささん

昭和大学大学院薬学研究科修士課程修了後、薬剤師国家試験予備校勤務を経て薬科大学で薬剤師国家試験対策本部准教授。薬剤師国家試験アドバイザーなど国家試験のエキスパートとして活躍し、薬剤師国家試験合格にとどまらず社会貢献できる薬剤師を育成・輩出。"カリスマ講師"として人気を誇る。

4年3か月の新婚旅行にて世界230か国を旅して世界各国の国民食を学んだことを機に、世界の料理研究家の活動も両立し、書籍やテレビ番組へのレシピ・写真提供、調理イベント講師、執筆、世界各国取材などで活躍中。現在渡航国数は242か国。

レシピブログ・ハウス食品(株)主催のスパイスブログ認定『スパイス大使』に2018年、2019年と2年連続就任。現在はドラッグストア薬剤師を兼任し、患者の治療ならびに健常者へのセルフメディケーション支援にも携わる。

WEBサイト:世界の料理NDISH(エヌディッシュ)

※「NDISH」は国民食(National dish)の略語です。

記事掲載日: 2019/07/19

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