業界動向
  • 公開日:2019.08.13

薬剤師資格に頼って、多少の冒険をしてみても良い。喜多喜久さんインタビュー【薬剤師+小説家】

薬剤師資格に頼って、多少の冒険をしてみても良い。喜多喜久さんインタビュー【薬剤師+小説家】

薬剤師としての仕事以外でも活躍されている方に話をお聞きする、インタビュー連載企画。第7弾となる今回は、『ラブ・ケミストリー』など代表作を持つ、元薬剤師/現小説家の【喜多喜久(きた・よしひさ)さん】にお聞きしました。

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小説家として独立するまで

研究者と小説家の二足のわらじ

なぜ薬剤師を目指そうと思ったのでしょうか?理由をお聞かせください。

薬剤師として働いている方には申し訳ないのですが、「薬学部に入ろう」「薬剤師になろう」という考えを元々は持ち合わせていませんでした。

私の母校である東京大学は、3年生に上がる段階で学部を選ぶ独特な仕組みになっています。私が1~2年生の時に所属していたのは理科一類。大半の学生が工学部や理学部に進んでいました。私も工学系や理学系に進むものと思っていたのです。

しかし、大学で数学や物理を専門に学んでいく中で、それらに対する苦手意識が芽生えてしまったんです。高校までとは異なり、内容がより抽象的なものになったと感じてしまって...。そこで、3年生に進級する時は、それらの学問とは関わりの少ない学部を検討しました。薬学部と農学部が候補となり、最終的に希望順位の高かった薬学部を選択したんです。

では、小説家を目指そうと思った理由はいかがでしょうか?

これもまた期待を裏切るかもしれませんが(笑)。 元々は小説家を目指そうとは思っていませんでした。

小説を書き始めたのは30歳を迎える前のこと。しかも、あくまでも"趣味"として始めただけだったんです。その感覚は、2010年に『ラブ・ケミストリー』が「このミステリーがすごい!」で優秀賞を受賞しても変わりませんでしたね。

ラブ・ケミストリー

ラブ・ケミストリー
  • 著 者:喜多喜久
  • 出版社:宝島社
  • 発行年:2011年

どんなに複雑な物質であっても、瞬時に合成ルートを編み出す能力を持つ大学院生・藤村桂一郎。ところが彼は研究室にやってきた新人秘書・真下美綾にひと目惚れし、能力を失ってスランプに陥ってしまう。そんなある日、カロンと名乗る黒衣の妖女が「キミの能力を取り戻してあげる」と現れ、美綾への告白を迫るが......。

「小説はあくまでも趣味」とのお話ですが、38歳の時には専業作家になられていますよね。きっかけは何でしょうか?

以前は、製薬企業の研究者として働いていました。研究者というのは40歳を目安にキャリアの選択を迫られます。それは、研究を管理する立場になるか、研究本部を離れて別の部署に異動するかの二択です。

しかし、前者を希望できるのは、博士号を取得し海外の研究室に留学したエリートのみ。そのような経験がなければ後者を選ぶしかありません。ただ、後者を選ぶと遠隔地に転勤のリスクが。そこで、40歳になる前に思い切って退職することにしました。

研究者としてのモチベーションを維持する難しさ

研究者として働いていた頃のお話をお聞かせください。小説家を両立する際に、大変だったことはありましたか?

研究者の仕事は大体9時~18時で、小説家の仕事は帰宅後と決めていたので、時間の使い方は特に問題はありませんでした。ただ、研究者としてのモチベーションを維持するのは難しかったように思います。

というのも、患者さまと研究者との距離は非常に遠く、創薬の仕事は相手の顔が見えにくいという難点を抱えています。仮に薬づくりがうまくいったとしても、開発した薬剤が世に出るまでに十年以上掛かるというというのが現実です。

一方、小説のほうは自分の本を読んだ人から直接感想をもらったり、SNS等でレスポンスを確認できたりするので、読者との距離が近いんですね。その近さを味わってしまうと、どうしても創薬研究の孤独を強く感じざるを得ませんでした。それが、研究者としてのモチベーションを低下させてしまったのではないかと思います。

薬剤師の経験が小説家としての仕事に活きている

薬剤師としての経験が活きている

小説家としてのお話をお聞かせください。普段作品を書くにあたり心掛けていることはありますか?

「科学」に対する心理的ハードルを下げること。これが、科学を題材に小説を書いている作家に課せられた使命だと思っています。サイエンスを学ぶ楽しさや研究の魅力を伝えられるよう、作品のストーリーを組み立てています。ここでのキーポイントは、ただ知識をひけらかすのではなく、いかに難しい概念を分かりやすく伝えるかということだと考えています。

小説を書く中で、「薬剤師としての知識が活きている」と感じることはありますか?

犯罪と薬物には古くから密接な関係があります。作中に薬物を登場させたり、薬効・副作用について触れたりすることも少なくありません。そうした時に薬剤師の知識が役立っていますね。もちろん現実で悪用されないように適宜ウソを散りばめてはいますが。薬学を知らない作家さんよりも、"ウソのバランス"がちょうど良くできているのではないかと思います。

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小説を通じて、もっと科学に興味を持ってもらいたい

小説家として今後どのような展望を持っておられますか?

科学を題材に小説を書いている人間としては、やはり理系に対する読者の興味を引き出すことが一つの使命なのではないかと思います。「科学は楽しい」ということを伝える方法はいくつもある中で、小説は有力な手段になるんじゃないでしょうか。

物語を楽しむ中で、自然と理系に対する苦手意識を払拭し、「面白そう」と感じさせること。デビュー当時も今も、そこを目標に小説を書いています。

キャリアを模索している薬剤師の方にアドバイスがあればお願いします。

薬剤師の資格は、いざという時に自分を助けてくれる強力な武器です。自分の生活基盤を盤石にしてくれます。足元がしっかりしていれば、ぐっと踏ん張って大きくジャンプすることも可能です。

「楽しい」「気持ち良い」と思えることを追求するのは、人生の醍醐味だと思います。薬剤師という資格を頼りに、多少の冒険をしてみても良いかもしれませんね。

喜多喜久
  • 喜多 喜久(きた よしひさ)さん

1979年徳島県生まれ。東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了。大手製薬会社に研究員として勤務する傍ら、小説家としてのキャリアをスタート。『ラブ・ケミストリー』で第9回「このミステリーがすごい!」大賞・優秀賞を受賞。2017年4月より専業作家となり、現在は香川県在住。

記事掲載日: 2019/08/13

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