業界動向
  • 公開日:2021.03.19

「ポリファーマシー」の現状と課題から考える、薬剤師にできること<溝神文博インタビュー第1回>

「ポリファーマシー」の現状と課題から考える、薬剤師にできること<溝神文博インタビュー第1回>

2020年9月に総務省が発表した65歳以上の高齢者人口は3,617万人とされ、前年より30万人増加、総人口に占める割合は28.7%となりました。対して総人口は前年より29万人減少しており、日本の高齢化はますます加速しています。

このような状況下で、高齢者への適切な薬物治療は薬剤師にとって切っても切り離せない重要な課題です。なかでも高齢者への薬物治療に関する問題として取り上げられる機会が多いポリファーマシー。解決のためには薬剤師の働きかけが必要不可欠ですが、具体的に何をすれば良いのか明確に答えられる方はそう多くないのではないでしょうか。

今回お話を伺ったのは、国立長寿医療研究センター薬剤部に勤めながら、長年ポリファーマシーの研究に携わる溝神文博【みぞかみ・ふみひろ】さん。連載第1回では、改めてポリファーマシーとはどのような事象をいうのか、ポリファーマシーが起きる背景などについてお話を伺いました。

ポリファーマシーは薬剤数の定義だけではない

溝神文博先生

日本では高齢化がますます加速している状況ですが、こうした状況をどのような部分で実感していますか?

私が勤めている国立長寿医療研究センターは、ナショナルセンターとして長寿医療の研究と医療を中心に行っています。そのため入院されるのは80歳を過ぎた高齢者がほとんどです。

ただこれが当センターだけの特徴かというとそうではなく、とくに中小病院や回復期のリハビリを行っている病院では高齢化が進んでいる現状がありますね。多くの医療機関では医療の中心が高齢者なので、どのようにこの問題に取り組んでいくかは私たち医療従事者にとって重要な課題であると考えています

ただ、一口に高齢者と言っても患者さまごとに状況はさまざまです。たとえば同じ75歳でも、普段から運動しているような若々しい方もいれば寝たきりや施設に入っている方もいますよね。

イキイキとした高齢者の方には、健康な時間が少しでも長くなるような医療の提供や、医療だけでなく健康増進のための情報提供が必要になります。一方で要介護状況の高齢者の方には、しっかりとした医療とその方のシチュエーションに応じた薬物療法の提供が重要です。

すべての人に医療を提供していたら医療保険が破綻してしまうので、画一的ではなく、患者さまの個別性に合わせた適切な対応をしなければなりませんね。これはポリファーマシーにも通じる部分だと考えています。

高齢者の薬物療法のなかでも大きな課題となっているポリファーマシーについて、正しい理解のため改めてどのような事象なのか説明をお願いします。

ポリファーマシーという言葉自体は1950年代、1960年代からありますが、これが問題になったのは1990年代に入ってからです。とくに注目されるようになったのは2000年代に入ってからなので、医療問題としては新しいといえるでしょう。

日本では2017年から始まった厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会で、ポリファーマシーを国としてどのように取り扱っていくかを議論し、2018年5月に「高齢者の医薬品適正使用の指針」としてまとめています。

私も委員として参加し、「ポリファーマシーは数字の定義だけで良いのか」といったことを中心に議論しました。というのも、確かにポリファーマシーは数の問題として登場し、多剤服用によって薬物有害事象や服薬アドヒアランスなどが発生している事実はあります。

しかし一方で、必要な薬が処方されない「過少処方」の問題もポリファーマシーに含まれているとの研究もされていて。薬の数が多い人とそうでない人を比べて適切な薬物療法が行われているかをチェックすると、実は少ない人のほうが適切に薬を使われていないケースが多かったという研究データもあります。さらに過少処方は死亡リスクの増加にもつながると言われているんです

多剤服用のリスクだけが問題ではないのですね。

薬が多いこともあらゆる問題につながりやすくなりますが、必要な薬が処方されていないことで起きる問題もあります。ですので「高齢者の医薬品適正使用の指針」では、薬に関するあらゆる不適切な問題を含めてポリファーマシーと呼ぶと示されました。

この考え方は多くの先生方に認知していただき、少しずつ広がっているのを実感しています。ポリファーマシーの研究は海外のほうが進んでいますが、海外でも同じように単純な数の定義だけでなく、本質的に薬物療法の中身が適切であるかどうかを正しく評価しましょうという考え方に変わってきていますね。

日本でも急速に研究が進むポリファーマシー

日本でも急速に研究が進むポリファーマシー

▲溝神さん講演資料より抜粋

ポリファーマシーの要因は様々なんですね。過剰処方だけが問題ではないといった考え方が出てきたのは、研究が進んだからなのでしょうか?

それもありますし、ポリファーマシーの問題を多くの人が認知するようになったことも大きな要因だと思います。実は、日本では東京大学医学部附属病院老年病科の秋下教授のグループが長年ポリファーマシーについて研究していて、2005年に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2005」を出しているんですね。

これは世界的に見ても非常に早いタイミングだったんですが、時代が追い付いていなかったのかそれほど話題にならなかったんです。一方海外では、2000年に入ってから様々なガイドラインが作られるなど、研究が進んで論文も急激に増えていきました。

私がポリファーマシーの研究を始めたのは2008年、2009年あたりで、まず感じたのは「海外ではたくさんの研究がされているのに、なぜ日本には研究している薬剤師がいないんだろう」ということでした。日本の論文で出てくるのは秋下教授のグループのものくらいで、積極的にこの問題にかかわるべき薬剤師の論文は出てこなかったんです

日本ではほとんどポリファーマシー研究がされていないなかで、溝神さんは研究を始められたのですね。

そうですね。それから私もポリファーマシーについて研究を続け、2015年に秋下先生に呼んでいただき「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の改訂作業に加わりました

そのとき、2005年は見向きもされなかったので今回はこちらから積極的に動こうと、新聞社や医学系雑誌の各社にガイドラインが出ると情報を送ったんですね。結果、パブリックコメント版が出たときに新聞の見出しに載り、多くの方の目にとまることになりました。それがポリファーマシーという問題を知ってもらえるひとつのきっかけになったと思っています。

さらに2016年に保険診療点数の改定で、薬剤総合評価調整加算管理料が始まりました。保険が先行して点数をつけたことで、医療や社会的興味がポリファーマシーに向いたとも考えています

日本でポリファーマシーの研究が進んだのは、このような社会的背景がきっかけとなった部分は大きかったです。今では様々なグループが研究していて、私がやらなくてもたくさんのデータが出てくるので大変ありがたいなと思いながら論文を見させてもらっています(笑)

ポリファーマシーに関する研究が日本で広まったのはほんの5~6年前なんですね。

まさにそれくらいから、ポリファーマシーという言葉が世の中に広まって研究されるようになりましたね。それまでは日本医療薬学会のような規模の大きい学会でも、ポリファーマシーの研究発表はまったくありませんでした。それが今では一つのセッションとして扱われるようになって、風向きが変わればこんなにも変わるんだと実感しています。

しかし海外に比べるとまだまだなのかなとの思いもあります。以前アリゾナ大学の薬学部で老年薬学を教えている先生の話を聞きましたが、アメリカの大学では老年薬学という科目があって、ポリファーマシーの講義をしっかりと受けるんです。

ただ日本でそのような講義を行う大学は数えるほどしかないので、学生のときから認知の差や意識の差が生まれるんだと思いました

もしかすると、日本と海外の保険制度の違いも関係しているのかもしれません。また、医薬分業の影響もあると考えています。処方箋が出て調剤薬局が受け、その薬を調剤すれば今のところ儲かってしまう保険医療の問題もあるのかなと。そういったところで海外との違いは感じています。

ポリファーマシー発見のために、正しい知識は不可欠

研究が進んだからこそ発見できた、ポリファーマシー問題の事例はありますか?

特徴的な症例をひとつ紹介します。

症例:80歳代 女性
既往歴:糖尿病、アルツハイマー型認知症

この方は認知症の中核症状の進行とともに筋力の低下はありましたが、杖を使って歩くことが可能でした。ただ2~3週間前から、立てない、歩けない、うなずく程度の発語しかない状態が続き、当センターを受診されたんですね。

検査の結果、脳梗塞の所見はなく、簡単な指示動作に従うことはできましたが意識レベルの低下があったので入院となりました。そして入院直後に背部褥瘡が発見された状況です。

このとき先生から「薬の影響がないか調べてほしい」とお話があったので見ましたが、処方されていた薬自体にはとくに問題はありませんでした。ただ、なぜかこの方の旦那さんに処方されたトリアゾラムの薬袋が入っていたので、旦那さんに話を聞いてみたんですね。

旦那さんは普段から奥さんの服薬管理をしていたので処方箋をひとつずつ確認したところ、最初は「処方されている薬はすべて飲ませている」と言っていたのが、途中から「効果がないと感じた薬は自己判断で飲ませるのをやめている」と言い始めて。

怪しいなと思いトリアゾラムについても聞くと、自分に出された薬ではあるもののよく効くので、こんなに良い薬があるなら妻にもあげようと思って飲ませていたとのことでした。それでここ2~3週間の症状は、この薬の影響なんだとわかったんです。

ただここで重要なのは、トリアゾラムを飲んだだけで褥瘡ができるかという点なんですね。若い世代でも眠剤を飲む人はいますが、まず褥瘡はできません。

これはこの女性の背景として、薬物体内動態の変化で薬効が出やすくなっていたと考えられます。さらに、この方のADLも大きく影響していました。杖を使えば歩けるということは、つまり杖を使わないと歩けないということ。これくらいまでADLが落ちた方に薬が効きすぎたことで、過鎮静から無動の状態になり褥瘡ができてしまったんです。その後原因薬物を中止してあげると元のADLまで戻って、褥瘡も良くなりました。

高齢者の薬物体内動態の変化

▲溝神さん講演資料より抜粋

薬物有害事象が顕著にあらわれた例ですね。このような問題が起きる背景にはどのようなものがあるのでしょうか?

実はこういった症例はとても多くて、このままではいけないと感じ薬剤誘発性褥瘡ということで報告をしたんですね。また、褥瘡学会にアンケート調査を行ったところ、過去に薬剤誘発性褥瘡を経験した方は学会内の75%にのぼりました。該当する薬は催眠鎮静薬が最も多く、精神神経溶剤や全身麻酔薬も名前があがりました

褥瘡学会アンケート調査

▲溝神さん講演資料より抜粋

決して珍しいことではなく、多くの先生が経験されている事象なんですね。

注意しなければならないのは、薬が直接影響するような副作用(薬疹や肝機能障害など)は添付文書に書いてあり注意しますが、今回のような薬が副次的に作用する(褥瘡や転倒・骨折など)は書いていないことがほとんどです。たとえば眠剤の添付文書に褥瘡は書いていないことがほとんどなので、医療従事者間でこのような薬物有害事象があると認識されないと発見も難しいんですね。

ほかにもふらつきや記憶障害、せん妄、抑うつ、食欲低下、便秘、排尿障害、尿失禁などは高齢者に起こりやすい症状ですが、年齢を重ねれば起こりやすくなるいわゆる薬剤起因性老年症候群は、薬物有害事象として医療従事者に認識されにくいといった問題もあります。

薬が原因でこのような症状が出ていると気づかずに、食欲が低下しているから食べられるようにお薬を出しましょうとか、めまいがあるからめまいの薬を出しましょうといって薬が増えていくケースが実際に起きています。

このように、薬物有害事象を新たな症状や疾患と勘違いしてしまって追加で薬を処方することを処方カスケードといって、ポリファーマシーの形成に大きくかかわっているんです。とくに患者さまが複数の医療機関や薬局に行くことで、処方の全体像を誰も把握できていない場合に起きやすいので、このような問題をしっかりととらえていかなければならないと考えています。

なるほど。一筋縄ではいかないポリファーマシー対策ですが、その難しさはどのような部分にあるのでしょうか。

薬局同士の情報連携がなされていないために、問題が起きやすくなっている現状はあるのかなと思います。たとえば処方カスケードでいうと、患者さまがある病院で痛み止めをもらい、痛み止めによって胃が荒れてしまったので消化器科を受診し胃薬をもらい、それによって認知機能が低下して...ということを繰り返してしまう。

小さなクリニックや薬局になるほどなかなか医療機関同士、薬局同士の情報連携は難しくなるんですね。お薬手帳も薬局ごとに出していたら全体像は把握できません。

今後、マイナンバーカードに医療情報が紐づく話が現実になればこういった問題も解決しやすくなると思いますが、現状は情報連携がなされておらず、連携方法もなかなかないのが難しいところです。

ただ難しいからといって何もしないのではなく、たとえば薬を飲み始めてから症状がどうなったか、副次作用や薬物有害事象が起きていないかなどを確認する必要は当然あると思います。症状に変化がないのであれば中止の提案をしたり、トレーシングレポートで状況を報告したりといったことも、薬剤師の皆さんにやっていただきたいですね。

まとめ

日本でもここ数年で急速に研究が進んでいるポリファーマシー問題。今回の溝神さんのお話が、改めてポリファーマシーについて正しく知るきっかけになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。まずはポリファーマシーとはどのような事象なのか、どのような要因で起きているのかなど、正しい知識をもっておくことが問題解決への第一歩となるでしょう

次回、連載第2回のテーマは「ポリファーマシー対策における薬剤師の役割」です。2016年に国立長寿医療研究センターで「高齢者薬物治療適正化チーム」を立ち上げられた溝神さん。立ち上げに至った背景や、病院薬剤師としてどのような活動をされているのかなど、薬剤師にとって今後のヒントとなるお話を伺います。

▼▼ 溝神文博さんのインタビュー一覧


第1回 「ポリファーマシー」の現状と課題から考える、薬剤師にできること
第2回 ポリファーマシー対策における多職種連携の重要性「泥臭い活動を続けていく」
第3回 ポリファーマシー真の目的は「患者さまの希望に寄り添う薬物療法の提供」
溝神文博さんの写真

    溝神文博(みぞかみ・ふみひろ)さん

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター薬剤部所属。2007年に名城大学卒業後、同センターにて薬剤師業務の傍らポリファーマシー研究の第一人者として活動を続けている。2014年に慶應義塾大学大学院薬学研究科にて薬学博士取得。日本老年学会、日本老年薬学会、日本褥瘡学会、日本サルコペニア・フレイル学会等に所属。ポリファーマシー研究の一環として「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン(日本老年医学会)」の改訂作業に従事、厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会に構成員として携わっている。そのほか、大学での非常勤講師など活躍の場は多岐にわたる。日本医療薬学会Postdoctoral Award受賞。

記事掲載日: 2021/03/19

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