業界動向
  • 公開日:2020.12.11

臨床で磨く病院薬剤師のキャリア「私たちが薬物療法を変えていく」<柴田ゆうかインタビュー 第3回>

臨床で磨く病院薬剤師のキャリア「私たちが薬物療法を変えていく」<柴田ゆうかインタビュー 第3回>

薬剤師としての業務をこなしながら、日々ぶつかる疑問や課題に対して全力で向き合い、薬学を前進させていく存在となる病院薬剤師。「大変」「忙しい」「時間がない」そんなイメージは、あながち間違いではないかもしれません。

しかし一方で、それ以上の大きなものが得られる場所であることも事実。整った教育体制や病院でしか経験のできない薬剤師としての仕事は、キャリアを築いていくうえで必ず自分の糧として生きていくはずです。

広島大学病院 医療安全管理部に所属し、業務をこなしながらも臨床薬学研究を並行して続ている柴田ゆうか【しばた・ゆうか】さんにお話を伺う本連載。第3回目は、これまでのキャリアを築かれた経緯や挫折、薬剤師が果たすべき役割について伺いました。

病院勤務で知った"薬剤師"という仕事の面白さ

柴田さんは薬剤師として臨床現場で働く傍ら、研究なども両立しながらご自身のキャリアを確立されています。そうしたキャリアに進むまでには、どのような思いや心境の変化があったのでしょうか?

就職した当時は将来自分がこうして論文を書いたり、博士号を取得するなんて夢にも思っていませんでした。キッカケは病院に就職してからです。医師や看護師と、困っている患者さんにどんな薬がいいかとか、調剤した薬が実際に使われてどうなったとか、話すことが楽しくて臨床の本当の面白さを知りました。

そこから興味がどんどんわいて、当時住んでいた愛知県の病院薬剤師会が開く研修会に行くようになったんです。そこで地域病院の先生方と知り合いになり、『知多ファーマシューティカルケア研究会』という会に入れていただきました。そこでの薬物治療に関するディスカッションを通して「薬剤師ってこんなことができるんだ」と、とにかく楽しかったです。業務で困ったことをメーリングリストに書くと、様々な病院の先生たちが惜しみなく教えてくださって、そこで薬学の深さを知ってより夢中になったんだと思います。

病院に勤めるようになって、薬剤師の仕事にのめり込んでいったのですね。

そうですね。常勤薬剤師2名の小さな病院で医療者間の垣根が低かったのもあり、医療の基礎は、すべて医師や看護師ほか様々な職種の方から教えていただきました。そのとき院長先生が介護関係の研究会や学会で薬剤師業務を発表する機会をくださったことが今のキャリアを築く第一歩になったと思います。

挫折も目の前の課題に全力で向き合うことで、道はひらける

柴田ゆうか先生

今は広島大学病院に勤めている柴田さんですが、薬剤師としての仕事をこなしながら、研究も並行して行っていくスタイルはどのようにして築いていったのでしょうか?

今在籍している広島大学病院へは、広島へ引っ越すときに当時感染症の研究会で一緒だった先生に紹介いただいて就職しました。入職後、当時の上司に1年以上かけて論文指導をしていただき、初めての論文を書きあげたのがはじまりです。よく根気よく付き合ってくださったと感謝の気持ちばかりで、論文指導をしてくれる上司がいたことは代えがたい幸運でした。

それからは、学会発表や論文を契機にラジオで乳がんの薬物療法の話をさせてもらったり、南山堂の『薬局』という月刊誌で1年間連載を持たせてもらったり......。当時は女性の健康支援ができる薬剤師になりたいと、病棟業務の傍ら論文を読んだり、産婦人科や乳腺外科、放射線治療科の医師たちと研究データをまとめたり、夢中でやっていました。

その後は手術室への異動をされたのですよね?

はい。私はずっと婦人科専門でやっていきたいと思っていましたから、そのときはずいぶん落ち込んだのを覚えています。でも、毎朝とりあえず手術室に行ってカンファレンスに出たら、もうわからないことだらけで(笑)。これまで麻酔や術式を全く学んでこなかったわけですから。それでも、いますぐ来てって呼ばれたり、「これはどうしたらいいの?」と日々の業務に追われてるうちに、だんだん薬剤師として使命感を抱くようになりました。何よりも麻酔科医や看護師さんが本当に親切で。薬剤師の介入不十分であった周術期分野で私が今、何をすべきかについてものすごく考えることができました。

薬の使い方は国から承認を受けた範囲で決まっています。でもそれ以外にも適応外で使用される場面があって、その多くは安全性や有効性に関する情報がありません。だから、「どこにも情報がないなら私が調べよう」と、新たに細胞実験系を立ち上げたり、ラットの実験をはじめたり......。医療現場で解決していない問題の答えはだれかが出さなければいけないのだと、そのときに感じました。

新しい分野でも自分の担うべき仕事を見つけてキャリアを築かれたのですね。自分が本当にやりたかった領域ができなくなるというのは、辛い経験だったのではないかと思います......。

そうですね。だからこそ若い方にはやりたいことをやって欲しいと思っています。でも、やっぱりすべてが自分の望む通りにはいきません。私も落ち込んだけれど、おかれた場所で一生懸命していたら、いつの間にかまたどんどん楽しくなりました。自分がこうだと思い込んでいたことばかりが正解でなくて、最初は不本意だったことが実は自分にとても価値があったということはきっとよくあるでしょう。あれこれと思い惑うことなく、素直に謙虚にいればそれでよいのですよね。

その結果、周術期薬剤師として先駆者になられたのですね。

医学系、看護系、薬学系学会などで話す機会が増え、関連学会の先生方からご指導していただくことが増えました。結果、薬剤師の関与が不十分であった周術期分野の黎明期において、薬剤業務のビジョンについて考え抜いたという思いがあります。それから医療人として、薬剤師としても成長させていただきました。仕事にこんなに夢中になれるって、本当に幸せなことだなと思っています。

論文は薬学の発展の「証」。薬学への貢献は薬剤師の使命

実務と研究の両立は本当に大変だと思います。柴田さんのご研究にかける想いをお聞かせいただけますか?

薬剤師がどうして研究をしないといけないのか。それは、「臨床現場にはわからないことがたくさんあるから」です。調べて文献でわかればいいけれど、どこにも書いていないことってたくさんあるんです。新しい薬がたくさんでてきていますが、いずれも限られた患者さんで治験したものですよね。そもそも医薬品はそういう不完全なものなので、臨床での根拠を積み重ねなきゃいけないし、私たちは研究を続けて医薬品をより安全で有効性の高いものに育てていかなければならないんです。

論文は、仮説を立てて、実証して、結論を出すという過程があります。その仮説を考える過程で、医療現場はとても恵まれている。目の前で医療が行われていて、薬物治療がうまくいかない局面はたくさんあります。薬剤師はもともと実務と学術が密接に絡んでいる職業なので、そういう意味でも能力を発揮しやすい存在だと思っています。

ですから、「知識を深めたい」「研究したい」っていうマインドがある薬剤師には、博士の取得を勧めたいです。博士課程の経験は薬剤師としての幅を確実に広げてくれるし、学位は論文を書かないともらえません。論文は「あなたの研究が薬学の進歩に貢献しました」という証。自分の研究で薬物治療の発展に貢献するわけです。すごく大変で、私も教授や同僚、研究室の学生さんに本当に支えていただきました。終わったときの達成感は本当に、言葉では伝えきれないほどです。

そのときの「大変だ」という感情よりも、薬学に貢献しようという気持ちの方が大きいのですね。

例えば、自分が研究をしているときに繰り返し読んでいた論文を執筆された先生が、数年後に自分が発表した論文を引用してくださったりしているわけです。自分にとってとても遠い存在で憧れ続けた大先輩の先生が、自分の論文を読んでくれている。それってすごくロマンだと思いませんか?

たしかに仕事をしながらの研究って、すごく大変です。働きながら研究しようと思ったら、「時間」という要素で圧倒的に不利になるのは間違いありません。だからどうやって時間をつくるか、優先順位を意識することはとても大事だと思います。やりたいことはやったらいい。でも研究したいならやりたいことの2番以下は我慢する。私の場合は、子どもが小さいときはやりたいことの一番は育児だったので、育児の時間はめいっぱいとって、それ以外の"飲みに行く時間"や"自分の趣味"はほとんど何もしていませんでした。それから通勤時間を無くすために引っ越しをしました。

あとは気持ちの問題で、なかなか時間の取れないなかで成果があがらないと、「もうやめた」って投げやりになってしまうかもしれない。でも、地道に一歩だけ進む。やめようかなって思ってから10分だけやる。そうやって"ちょっと努力する"意識は必要です。みんなそうだと思うんです。医学もそうやって発展してきているし、薬学だってそう。だから薬剤師も研究で臨床薬学を発展させていかないといけないと思っています

薬学部が6年制になった "意味"

柴田ゆうか先生

今の薬学生や若手の薬剤師の方に、どのようなことを期待していますか?

薬学生って、大学ですごく難しいことを習っているんですよね。でも習った薬理学や薬物動態学をもし十分に生かせていないのだとしたら、なんのために6年制になったのかを考えないといけません。薬物療法と真剣に向き合っていたら、疑問は必ず出てくるはずだし、今うまくいかない薬物療法があるとしたら「何とかしたい」という思いは必ず出てくるはず。

仕事ってコンフリクト(対立)が当たり前だから、解決しようと思ったら、医師や看護師とも交渉できないといけないし、薬剤師同士で言いにくいことも言わなきゃいけない。そういうことを克服していく力や患者さんに対する思い、問題意識をもった集中力や、それを続けていく地道な努力は絶対に必要です。「何とかしたい」という気持ちは原動力になるから、「薬物療法は薬剤師の力で絶対によくなる」という揺るぎない思いと、リサーチマインドを持つ薬剤師になってほしいと思います。

薬剤師を、「薬のスペシャリスト」ってよく言いますよね。スペシャリストって言うのであれば、医師と比べて臨床薬物療法の論文をどれだけ書いてるのか、ということですよね。薬のスペシャリストなら、医師と比べて遜色ないくらい薬の論文を書かないといけない。それで薬学を発展させていくというのが、6年制薬学教育になった意味だと思うんです。

「薬物療法を発展させていく」ためには、将来の教科書が変わる仕事をしないといけません。ですから、目の前の患者さんもそうだし、目の前の患者さんを超えて将来を築いていく意識がすごく大事なんです

ありがとうございます。では最後に、これからキャリアを歩んでいく薬剤師の方に、メッセージをお願いします。

若い人たちは、誰しもが「高いスキルを身につけて成長したい」と思っているのではないでしょうか。粛々とこなしていけるレベルの仕事だけをしていたら、自分の可能性をつぶしてしまう。だからまずは、院内や地域の研究会で発表してみる。全国学会、国際学会での発表、英語論文執筆......。必死にやらないと到達しない "背伸びの必要な仕事"をどんどん続けてレベルアップしていくといいですね。

働くことって我慢することやつらいことじゃなく、喜びなので。「こう生きたい」っていう自分軸だけはしっかりともって、色々なことに挑戦してほしいと思います。

まとめ

志が高く、薬学への貢献の意識をもち仕事に従事する病院薬剤師。しかし、その活躍のステージはあまり詳しく語られることがなく、漠然としたイメージを描いていた方も多かったのではないでしょうか。

そして、そんな漠然としたイメージから、なかなか飛び込めなかった方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ご活躍されている方たちは必ずしもはじめから高い志をもっていたわけではなく、日々の業務で経験を積むなかで培い、今のご活躍があります。

はじめはちょっとした好奇心からのスタートだったり、自分のワークライフバランスを維持するための選択であったり、入口は様々。これまで病院薬剤師に憧れを抱いていた方も、思いきって選択することで築ける新しいキャリアがあるかもしれませんよ。

▼▼ 柴田ゆうかさんのインタビュー一覧


第1回 病院薬剤師の仕事とキャリア「病院でジェネラリストの基盤を確立する」
第2回 病院薬剤師とチーム医療「知識よりも大切なこと」
第3回 臨床で磨く病院薬剤師のキャリア「私たちが薬物療法を変えていく」
柴田ゆうかさんの写真

    柴田ゆうか(しばた・ゆうか)さん

広島大学病院医療安全管理部。大学卒業後、製薬会社、保険薬局勤務を経て病院に勤務。薬学博士。薬剤師業務の傍、患者志向で基礎および臨床薬学研究も続ける。2008年度ファイザーヘルスリサーチ財団若手研究者助成、2010年度日本薬学会課題論文優秀賞、2011年度、2012年度厚生労働省チーム医療実証事業助成、2019年度日本医療薬学会Postdoctoral Award、2019年度日本薬学会中国四国支部奨励賞受賞。

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記事掲載日: 2020/12/11

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