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  • 公開日:2025.03.06

薬剤師が知っておきたい!妊婦・授乳婦のヒヤリ・ハット事例を紹介

薬剤師が知っておきたい!妊婦・授乳婦のヒヤリ・ハット事例を紹介

妊娠中・授乳中の患者さまに薬が処方された場合、より慎重な服薬指導を行う必要があります。調剤過誤や併用禁忌を防ぐためにも、過去の医療事故やヒヤリ・ハット事例を知っておくことも大切でしょう。

本記事では、妊娠中・授乳中の患者さまに対する薬のリスクについて確認しながら、具体的なヒヤリ・ハット事例を紹介し、安心して薬物治療を受けてもらうために薬局ができる取り組みを解説します。

妊娠中・授乳中における薬のリスク

妊娠中や授乳中の患者さまに対する薬のリスクとは

妊娠中・授乳中の患者さまにおいては、本人だけでなく、胎児や乳児に対する薬の影響も考慮しなければいけません。

ヒヤリ・ハット事例について知る前に、まずは薬のリスクについて確認していきましょう。

先天異常や発育不全のリスク

薬によっては母親が服用した後、胎盤を通じて胎児へ移行します。

授乳中も母乳を通じて乳児へ移行するため、妊娠中・授乳中はこれまで服用していた薬を見直すことも必要です。

特に慎重な配慮が必要なのは、胎児に催奇形性や胎児毒性などのリスクを及ぼす薬です。

催奇形性や胎児毒性のリスクがある薬を、気づかぬまま服用し続けてしまうと、先天異常や出産後の発育不全などが強く懸念されます。

なお、胎児に対する薬の影響は妊娠週数によっても異なります。

催奇形性のリスクが最も高まるのは、主要器官が形成される妊娠4〜7週とされています。

この期間は絶対過敏期と呼ばれ、慎重な薬物治療が求められます。 一方、絶対過敏期では、まだ本人が妊娠に気づいていないことも少なくありません。

流産・早産のリスク

妊娠中に、子宮収縮作用のある薬や羊水過少症のリスクが疑われる薬を使用していた場合は、流産や早産など胎児の生命に関わるリスクが高まります。薬によっては受精卵の着床を妨げ、流産を起こす可能性も懸念されます。

妊娠を希望しているものの、なかなか妊娠できないという場合には、定期的に服用している薬の有無を丁寧に把握する必要があります。

基礎疾患の症状が悪化するリスク

妊娠中・授乳中の薬物治療はリスクとベネフィットを天秤にかけて、慎重に判断することが求められます。

母体の健康を損なうことは、結果として胎児・乳児の健康を害することにも繋がるためです。

しかし、前述のような胎児・乳児へのリスクを恐れて、妊娠前から服用している薬を自己判断で中断してしまう妊婦・授乳婦も少なくありません。

特に基礎疾患を持つ患者さまは、中断により症状の悪化や合併症のリスクが高まることも懸念されます。

妊婦・授乳婦の服薬指導においては、薬剤によるリスクとベネフィットを適切に伝え、患者さまの理解を得ることが大切です。患者さまの気持ちに配慮しながら、丁寧なコミュニケーションを心がけましょう。

妊婦や授乳婦の薬局におけるヒヤリ・ハット事例集を紹介

妊婦や授乳婦の薬局におけるヒヤリ・ハット事例集を紹介

以下では、公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業で報告された、妊娠中・授乳中の患者さまに対する事例を紹介します。

代替薬がある中で妊婦に禁忌の薬が処方されたヒヤリハット事例

妊娠中の患者さまにレボフロキサシン錠500mgが処方された事例が報告されています。

添付文書を確認したところ、妊婦への投与は禁忌と記載されていたため処方医へ疑義照会を行いました。その結果、処方された薬はセフジニルカプセル100mgに変更されました。

処方医は患者さまから妊娠中であることは聞いていたものの、レボフロキサシン錠500mgが妊婦に禁忌であることを認識していませんでした。

ニューキノロン系の抗菌薬は、ヒトでの使用経験が少ないなどの理由から添付文書では禁忌とされています。そのため、代替薬が使用可能な場合は、第一選択薬になりません。

同様に、授乳中の患者さまに抗菌薬を投与する際も慎重な検討が必要です。

ニューキノロン系の抗菌薬については母乳移行性が低いとされていますが、最終的には医師と相談し、リスクとベネフィットを十分に評価した上で適切な治療方針を決定することが大切です。

外用薬の処方におけるヒヤリ・ハット事例

妊娠9か月の患者さまに、モーラステープ20mg(製剤名:ケトプロフェン貼付剤)が処方された事例が報告されています。妊娠後期に対するモーラステープ20mgは禁忌に該当します。

そのため、薬剤師が処方医に対して疑義照会を実施したところ、ロキソニンテープ50mg(製剤名:ロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤)へ変更となりました。

この患者さまは、妊娠後期にモーラステープ20mgを使用してはいけないことを知らず、最近も家にあった同薬を使用していました。処方医もまた、同薬が妊娠後期に禁忌であることに気づかず、患者さまの要望により処方したと報告されています。

外用薬はリスクが低いと認識されがちですが、妊娠中は内服・外用に関わらず、薬のリスクに注意を向ける必要があります。

出産予定日の確認不足によるヒヤリ・ハット事例

妊娠中の患者さまにリトドリン塩酸塩錠5mgが処方されたケースも報告されています。初来局であったため、患者情報をヒアリングしていると、妊娠3ヶ月であることが判明しました。

リトドリン塩酸塩錠5mgは切迫流産・早産治療剤として使用される薬ではありますが、妊娠16週未満の妊婦へは禁忌となっている薬です。処方医に患者さまの出産予定日をお伝えし、疑義照会を実施したところ、処方薬はダクチル錠50mg(一般名:ピペリドレート塩酸塩錠)に変更となりました。

妊娠中の女性に対する服薬指導においては、出産予定日を伺うことや、病院と適切に連携することの重要性をあらためて認識させる事例と言えます。

妊婦や授乳婦のヒヤリ・ハットを防ぐために薬剤師ができること

妊婦や授乳婦のヒヤリ・ハットを防ぐために薬剤師ができること

妊娠中や授乳中の患者さまに対する健康被害やヒヤリ・ハットを防ぐために、薬剤師ができることについて解説します。具体的には、以下の内容を心がけるようにしましょう。

  • 必要に応じて疑義照会を行う
  • 患者さまやご家族に対して丁寧な言葉、配慮ある対応を心がける
  • 妊娠の可能性についても判断する
  • 詳しく解説していきます。

    必要に応じて疑義照会を行う

    平成27年度(2015年)に、全国の保険薬局5630店を対象に実施された公益社団法人日本薬剤師会による調査では、健康被害を防ぐための薬学的観点から問い合わせを行う薬学的疑義照会は、疑義照会全体の約78%であることがわかりました。

    疑義照会を実施することで、適切な処方内容に変更することができます。日頃から処方監査を行い、健康被害が起きる前に処方医に疑義照会することが大切です。

    患者さまやご家族との丁寧なコミュニケーションを心がける

    妊婦・授乳婦のヒヤリ・ハットを防ぐためには、処方箋の情報だけでなく、患者さまから正しく情報を聞き取ることが求められます。

    例えば、医師に妊娠を伝えているか伺った結果、疑義照会に繋がるケースは少なくありません。 このような場合は、ヒヤリ・ハットを防ぐためにも、患者さまに医療機関を受診した際は必ず「妊婦・授乳婦である」と伝えるよう指導することも大切です。

    また、患者さまが薬物治療について理解されているか、心配ごとがないかも確認しましょう。

    薬物治療に対して不安が募り自己判断で服薬を中断してしまうと、かえって症状が悪化し、妊娠の継続が困難になることも起こりえます。 一方で、安易に「安全な薬」とお伝えすると、医師から聞いた情報や自分で調べた情報との差に不安になることもあります。

    薬剤治療の必要性や、リスクとベネフィットの両面をお伝えし、患者さまの不安に寄り添うようなコミュニケーションを心がけましょう。

    最後に、過去に妊娠中は禁忌の薬剤であることを伝えていても、患者さまが覚えているとは限りません。

    「過去にお伝えしているから大丈夫だろう」と慢心することなく、患者さまの状況変化に合わせて説明することが大切です。

    妊娠の可能性についても伺う

    前述の通り、妊娠4~7週目は催奇形性に対して胎児が最も過敏な時期である一方で、まだ自身の妊娠に気づいていない女性が多い時期でもあります。

    できるだけ早くリスクのある薬剤を変更・中止するためには、妊娠している可能性にも配慮することが大切です。

    実際に薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業の報告書には、月経の遅れがある20代女性に、新型コロナウイルス感染症の治療薬として開発されたゾコーバ錠(一般名:エンシトレルビル フマル酸錠)が処方された事例が紹介されています。

    ゾコーバ錠は妊婦または妊娠している可能性のある女性には禁忌です。

    この事例では、服薬指導の際に月経の遅れについて聴取したため、疑義照会を実施したところゾコーバ錠による処方が削除されたと報告されています。

    患者さまは医療機関でも妊娠について尋ねられていましたが、妊娠している可能性まで考慮して返答していませんでした。

    妊娠している可能性を薬局でもあらためて聴取することの重要性を認識させる事例といえます。

    一方で、患者さまの目線に立つと、妊娠や授乳に関する質問は踏み込んだ内容と感じやすく、スペースの限られる薬局では答えにくいこともあるでしょう。

    口頭での確認が躊躇われる場合は問診票などを活用し、「月経は遅れていないか」など妊娠の兆候について把握する方法もあります。

    妊婦・授乳婦に対し適切な服薬支援ができる薬局とは

    妊娠中や授乳中の患者さまに対するヒヤリ・ハットを防ぐために!安全に業務できる薬局とは

    ここまでは妊娠中や授乳中の患者さまに対するヒヤリ・ハットを防ぐために、薬剤師が個人としてできることを解説しました。さらに多くの患者さまに安心して薬物治療を受けていただくためには薬局全体での取り組みが重要です。

    適切な服薬支援を行うために必要な、薬局における取り組みの一例を解説します。

    常に妊娠・授乳に関する情報を確認している

    妊婦・授乳婦のヒヤリ・ハットを防ぐためには、女性の患者さまへ妊娠に関する情報を伺うことが大切です。

    薬局には、初来局アンケートでの聴取に加え、その後も常に最新情報に更新していく取り組みが望まれます。

    加えて、聞き取り方にも工夫が必要です。妊娠の有無を聞き取るだけでは患者さまが質問の意図を理解できないことも考えられます。月経の遅れがある、妊娠を希望しているなど、細かな情報を伝えてもらえるよう薬局全体で工夫する取り組みがあると、ヒヤリ・ハットを防ぐことができるでしょう。

    また、妊娠時期を限定した禁忌の薬剤もあるため、妊娠がわかった際は、妊娠週数や出産予定日についても伺うように、全員で意識を合わせることが重要です。

    薬局内だけでなく関係機関とも正しく連携できている

    複数名の薬剤師で相互確認(ダブルチェック)できる環境や、薬剤師どうしでコミュニケーションがとりやすい職場環境であることは、調剤過誤を防ぐ上でも重要です。

    また、処方元のみならず、他の医療機関とのスムーズな連携ができる関係性が構築できているかどうかも、薬物療法を実施する上で重要なポイントになるでしょう。

    妊婦・授乳婦の薬物療法について、定期的に学べる環境が整備されている

    薬剤師として働きながら個人で学びを深めることも重要ですが、薬局全体として調剤過誤やヒヤリ・ハットを起こさないためにも、働く薬剤師全員の知識やスキルを高める必要があります。

    また、前述の新型コロナウイルス感染症治療薬など、新薬が妊婦に対して禁忌であるケースも考えられるため、最新の知識をアップデートしていく必要があります。定期的に学習できる機会が得られるような職場環境や、ご自身で勉強していくことが重要です。

    過去のヒヤリ・ハット事例から学び、対策できることを実践しよう

    記事内では、妊娠中・授乳中の患者さまに対する薬物療法について、特別な配慮が必要な理由や実際のヒヤリ・ハット事例、薬剤師ができる対策と安全に業務が行える薬局環境について解説しました。

    調剤過誤やヒヤリ・ハットを防ぐために、薬剤師・薬局全体としても、過去のヒヤリ・ハット事例を共有し、対策できることを実践していきましょう。

    青島 周一さんの写真

      監修者:青島 周一(あおしま・しゅういち)さん

    2004年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。(特定非営利活動法人アヘッドマップ)共同代表。

    主な著書に『OTC医薬品どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』『薬の現象学:存在・認識・情動・生活をめぐる薬学との接点(丸善出版)』

    記事掲載日: 2025/03/06

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