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  • 公開日:2020.05.01

薬剤師の国際協力 「よりよく生きることを支える医療を目指して」<後町陽子インタビュー 第2回>

薬剤師の国際協力 「よりよく生きることを支える医療を目指して」<後町陽子インタビュー 第2回>

「途上国は医療環境が整っていない」「薬がないから薬剤師にできることがなさそう」など、あなたは薬剤師の国際協力と聞いて、どんなイメージを持ちますか?

お話を伺ったのは、かつて青年海外協力隊として活動し、薬剤師として働きながら病院経営コンサルタントとして精力的に活躍される【後町陽子(ごちょう ようこ)さん】。連載2回目は、大学卒業後にガーナへ渡り、感染症対策の啓発活動を中心に行ってきた彼女に、海外のイメージとギャップやアフリカで学んだこと、さらには日本の医療に生かすべき点などをお聞きしました。

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「国際協力」をファーストキャリアに選んだ理由

大学卒業後、国際協力の道を選んだのは、どのような理由があったのでしょうか。

はじめは日本で働くことも検討していて、「薬局」「病院」「企業」について調べていました。大学では主にその3つから選ぶことが当たり前のように教えられましたが、違和感があったんです。そんなとき、所属していたサークルで海外の学生と交流する機会があり、そこではじめて「公衆衛生」という分野を知りました。

その団体では、薬学生が地元の地域で課題となっている感染症の予防啓発のために、仮装をして住民に呼びかけたりリーフレットを配ったりするなどの活動をしていたんです。それを知った私は、「薬学を公衆衛生の分野で生かしたい」と思うようになりました。

それをどのようにしたら仕事にできるか、本を読んだり勉強会に行ったりして調べると、「国際保健」の分野があることを知りました。そして、その道の専門家になるには、途上国での職務経験が必要なこと、大学院を修了しなければいけないことを知ったんです。それで途上国の実務経験を積むために青年海外協力隊としてガーナに行ったのが経緯となります。

海外の薬剤師は地位が高い?イメージとのギャップ

後町陽子先生

「海外の薬剤師は、日本の薬剤師と比べて地位が高い」というイメージがありますが、それはどういった理由から言われているのでしょうか。

これまで私は30ヵ国以上を訪れましたが、海外には色々な国があり、一概には言えません。「海外の薬剤師の地位が高い」と日本で思われているのには3つの理由があると思います。

1つは「希少性」です。日本の薬剤師数は多く、人口比でいうと世界で2番目です。一方で海外では、国に薬学部が1つもしくは数校しかないところもたくさんあります。そういった国では、ごくわずかな優秀な人が薬剤師になれるので、いわゆる「エリート」としてみれられています。収入も場合によっては医師と同等、もしくは医師より高い国もあります。

2つめは、身近で専門性が高い点です。たとえば、日本より人口に対して医師の数が少なく、医師の診察予約がすぐに取れなかったり、病院にかかるのに高額な費用がかったりする国も少なくありません。ですから、地理的にも費用的にもアクセスがよい薬の専門家である薬剤師が住民から頼りにされる傾向があると思います。

3つめは、日本の薬剤師教育はアメリカの臨床薬剤師の影響を受けているので、そのイメージが強いのだと思います。集中治療室や病棟で投与設計や治療モニタリング・評価をしたりするようなアメリカの臨床薬剤師は確かに専門性が高く、医師をはじめとする医療職からの信頼も厚いと思います。でも薬剤師なら誰でもなれるわけではなく、一定の臨床訓練を受けたうえで就けるポジションで、アメリカの薬剤師のなかでも限られた人々という印象です。

アメリカにとくに優れた薬剤師が多いイメージがあるのは、そういうところから来ているのですね。

私も大学生の低学年のころは、アメリカの薬剤師全員が専門性に秀でた臨床薬剤師だと思っていました。しかし、学生時代に実習で行ったアメリカの薬局で、日ごろから地域の人々の相談に乗っているような身近な薬剤師もいることを知りました。それを見て、「日本と似ている」と感じましたね。日本の薬剤師よりも海外の薬剤師が優れているとは限らないと思いますし、海外の薬剤師より日本の薬剤師が優れている点もたくさんあると思います。

アメリカの地域の薬局には薬剤師が1人しかいないケースもよくあります。私が実習した先もそうでしたが、薬剤師1人以外は全員テクニシャンやアシスタントと呼ばれる人たち。主に彼らが処方薬を調剤したり、OTCの相談を日常的に担当したりしていました。薬剤師は「薬剤師が対応すべき患者さん」の場合にだけ相談や指導をするため、より貴重な存在として認識され信頼を得やすいのだと思いました。

青年海外協力隊での活動内容とは?活動を通した心境の変化

後町さんは、ガーナでどのような活動を行なっていたのでしょうか?

私が担当していた業務は、主にHIV感染症の予防啓発活動です。現地の教員と協力して若者に予防教育したり、HIV検査を普及するために検査体制を整えたり、現地の医療者を教育したりしていました。

そうした活動を通して、考え方などの変化はありましたか?

行く前は、「日本で学んだことを生かして現地の医療を良くしたい」というような気持ちだったのが、現地の文化や価値観にふれたことで「自分たちがよいと信じてやっていることは、現地の人たちにとって本当によいことなのか?」と考えるようになりました。

検査で感染がわかればそのあと治療が必要になります。しかし、検査は無料で提供しても治療はプロジェクトの内容に含まれていなかったので、治療費は患者さんが負担しなければなりません。でも、患者さんの多くは貧困層だったので、薬を購入するためのお金を持ち合わせていませんでした。国によって治療薬を無償で提供しているところもありますが、少なくとも当時ガーナでは有料でしたし、病院もたくさんあるわけではありません。病院に行くまでの交通費すら捻出が難しいという状況がありました。

また、国際協力の活動資金は国の税金や国際団体からの援助で成りたっていることがほとんどで、プロジェクトは2〜5年以内のものが多いうえに必ず終わりがきます。もちろんプロジェクト終了後の現地への引継ぎを考慮して活動をしているのですが、プロジェクトが終わったあとに資金源が途絶えてしまうので、その後の継続は簡単でないことも多くありました。

難しい課題ですね。現地の人たちにはそのあとの生活があるわけなので...。

そうですね。その課題を考えて、私が行き着いた結論が「医療にもビジネスの観点を取り入れていくべき」というものです。援助は必要ですが、それだけでは現地の経済に組み込まれないので、自分たちで資源を確保し循環させるモデルにしなければなりません。今、私が病院の経営コンサルタントの仕事をしたり、経営大学院に通ったりしているのは、その当時からの課題意識がつながっています。

医療は、日本でも途上国でも、持続的に運営していくことが求められています。潤沢な公的資金を投入し続けられるなら現状維持でもよいのですが、途上国の公的資金は限られていますし、日本でも医療費は年々削られてきています。経済状況の改善と税収向上があまり期待できないなかで、医療にもっと経営的な視点を取り入れることは重要な課題であると自らの経験を通じて感じています。

今後は「患者さん一人ひとりにあわせた医療」が未来を支える

後町陽子先生

後町さんが青年海外協力隊でガーナに行って、ギャップを感じた出来事はありましたか?

ガーナへ行く前は、薬よりも妊娠・出産の安全といった母子保健、感染症を防ぐための衛生環境の整備こそが重要だと思っていました。しかし、実際にはモノがない国だからこそ薬が重要となる場面がたくさんあり、また、限られた医療しか受けられないなかでは、患者さんの回復を左右するのは普段の生活であることを知りました。最低限の薬がなくては救える命も救えませんが、薬だけあってもダメだったんです。貧困層の患者さんは普段から栄養のあるものを十分に食べていないので、治療を施しても明らかに傷や病気の治りが悪いという場面によく遭遇し、「医療」だけですべてを解決することは難しいことを学びました。

アフリカには、薬を適切に扱える専門職が圧倒的に少ないです。流通も整備されておらず、無資格の人が薬を売っていること、偽物の薬が売られていることもあります。

偽物の薬が売られているというのは、日本であれば考えられませんね...。

ガーナはマラリア流行地域なのですが、私と友人がたまたま同時期に感染してガーナの病院に入院したことがありました。私は幸い早い段階で薬の治療効果が現れ意識はしっかりしていたのですが、友人は飲んだ薬の効き目が出ず、症状が日に日に悪化して...。その後、別の治療薬を投与し何とか回復しましたが、現地の医療者の話では彼女が初めに飲んだ薬は薬は偽物だったかもしれないとのこと。この経験から、改めて「薬」やそれを扱う専門職である「薬剤師」が重要な役割を果たしていることを学びました。

国際協力に行く一番のメリットは、どこに感じましたか?

一番は、いろいろな価値観があることを知れたことです。日本に住んでいたころはより便利な生活がいいと思っていましたが、それがすべてではないと思うようになりました。もちろん不便であることやモノがないことによる大変さもありますが、少なくともガーナの人たちはその環境を嘆いたり悲しんだりするより、みんなで助け合って、毎日お祭りをしているかのように歌って踊って過ごしているのです。東京の朝の通勤電車なんて、みんな暗い顔をしていますよね(笑)。「お金やモノ、便利さを手に入れることと、豊かに生きることは必ずしもイコールでない」と学びました。

そういった経験から、海外に限らず日本でも、一人ひとりの価値観に合った医療や支援をしていくべきだと感じました。医療の目的はよりよく生きることを支えることなので、個人の価値観やライフスタイルを見ていかないといけません。「正しい」とか「最新」は大切ですが、それらだけを基にした提案しかできないのは不十分だと思います。背景や考え方はみんな違うので、最適な提案も一人ひとり異なることを理解するのが大切です。

海外で活躍したいと考える薬剤師に伝えたいこと

海外で働きたいと考える薬剤師がすべき準備には、どのようなものがあるでしょうか。

語学は当然必要です。語学は向き不向きもありますが、一定の時間をかければできるようになるので、準備という意味ではやっておくべきでしょう。

ただ、初めから語学が得意でなくても成功した人もいます。実際に現地でより大切なのは、他人を尊重する姿勢や総合的なコミュニケーション力です。反対にそれができない人は、海外でうまくやっていくのは難しいと思います。心構えについては学習して得られるものではありませんが、日ごろから「だれかを助けたい」という気持ちを行動に移したり、相手の話に丁寧に耳を傾けたり、柔軟性を持って人と接することがとても大切です。

海外と日本の現場でのご経験から、今後世界で活躍できる薬剤師像とはどのような人だと考えますか?

様々なことに興味をもって、チャレンジすることをいとわない人だと思います。世界での活躍とは、必ずしも国外に行かなければいけないわけではありません。海外の情報は日本からでも取得できますし、日本の薬剤師にまつわる情報発信はどこからでもできます。そういう意味では、色々な人とのコミュニケーションで壁をつくらず接してみることや、できない理由を挙げて諦めるのではなく、まずは小さなことから始めてみることだと思います。それから、自分の考えを自分の言葉で語れるようになることも重要です。

たとえば、少子高齢化が進むなかで、日本の在宅薬学がここまで進んでいることは、海外の薬剤師たちはあまり知りません。海外に向けてもっと日本の薬剤師の情報発信をしていけば、注目を集めると思います。海外へ行くと、「日本の薬剤師はどんなことを考えているの」と聞かれることがよくあります。現代は、どこにいても世界中の人とコミュニケーションが取れます。日本の情報は、自分たちで発信していかないと伝わりません。ですから、現地へ赴くという選択だけでなく、継続的に日本の医療を発信していく活動も、ひとつの活躍のかたちだと考えていいのではないでしょうか。

まとめ

日本でもライフスタイルや価値観が多様化するなか、「一人ひとりの背景に応じた提案ができるかどうか」は、薬剤師の役割として強く求められていくでしょう。不安に感じている患者さんに寄り添い、同じ目線に立って治療の提案ができるかどうかは、患者さんからの信頼を獲得するうえで重要な要素となります。

次の最終回では、前回・今回の内容を踏まえたうえで、キャリアアップへつなげるための勉強方法をお伝えします。様々な領域で活躍される後町さんの隙間時間を使った勉強法やキャリアアップのためのお話、資格取得への考え方とは一体どのようなものでしょうか。「時間がなくて勉強する時間がない...」「どの資格を取ればいいのか悩んでいる...」そんな方たちへ向けて、キャリアアップへの道筋をご紹介します。

▼▼ 後町陽子さんのインタビュー一覧


第1回 薬剤師のキャリアデザイン「やりたいことは、なくてもいい」
第2回 薬剤師の国際協力「よりよく生きることを支える医療を目指して」
第3回 薬剤師のスキルアップ「なりたい自分に近づくために」
後町陽子さんの写真
  • 後町陽子(ごちょう・ようこ)さん

薬剤師。ハイズ株式会社 医療経営コンサルタント。明治薬科大学を卒業後2年間、青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、低所得国の医薬品流通や品質にかかわる医薬政策を研究するため金沢大学大学院修士課程(国際保健薬学)に進学。急性期病院の薬剤師、医療者教育メディアでの編集者を経て、2018年から現職。本業と並行して薬局での勤務、医療通訳・翻訳、講演・執筆活動等でも活躍している。

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記事掲載日: 2020/05/01

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