業界動向
  • 公開日:2020.05.15

薬剤師のスキルアップ「なりたい自分に近づくために」<後町陽子インタビュー 第3回>

薬剤師のスキルアップ「なりたい自分に近づくために」<後町陽子インタビュー 第3回>

ひとつの専門性を高めるためにスキルを磨く時代から、自分だけのスキルを身につけ希少価値を高めていく時代へ。自分の市場価値を最大限に高めるために、薬剤師はどのようなことをしていくべきでしょうか。また、理想の自分を手に入れるためのスキルアップ法とは...?

お話を伺ったのは、かつて海外青年協力隊として活動し、薬剤師として働きながら病院経営コンサルタントとして精力的に活躍される【後町陽子(ごちょう ようこ)さん】。

連載最終回となる第3回は、薬剤師や病院経営コンサルタントとして働きながら、大学院に通いスキルアップを目指す彼女に、薬剤師のスキルアップ方法や自分に合った情報の取捨選択の方法、これからの薬剤師に求められるスキルについてお話をお聞きました

希少価値を高める薬剤師のスキルアップ

薬剤師がスキルアップを考える上で大切なことはなんでしょうか?

そもそも、なぜ自分がスキルアップをしたいのかを考える必要があります。まずは、「特定の分野で1番になりたい」とか「資格を取って〇〇に貢献する」というように、自分が何を目指しているのかを明確化させましょう。希少価値を高めるという観点では、ささいなことで構わないので1番になれるものを2つ身につけることを意識します。100人のうち1番になれるものを2つ身につければ、純粋に1/100×1/100=1/10000になれるという法則です

たとえば、臨床薬剤師として1番になるのはすごく難しいですが、栄養に関する専門性が高い薬剤師でロシア語が話せれば希少価値はおのずと高くなるでしょう。ただし、ニーズのない分野で1番になっても何かに貢献することにつながりにくいので、軸を決めるときは将来ニーズも踏まえて検討する必要があります。

今は様々な資格があって、専門性を高めるというところでいうと資格取得を真っ先に考える方も多いと思います。資格はどのようにして選ぶべきでしょうか?

資格は、自分の理想や目標があって、それに必要なのであれば取得するべきだと思います。注意したいのは、資格取得だけが目的になってしまうことです。資格は自分の専門性を高めたり、何かを成し遂げたりするために取得するものであり、一貫性のない資格を複数もっていてもキャリア形成という意味では必ずしも役立ちません。

しかし、資格がきっかけで興味をもち、世界が開けることもあるので、方向性が定まらない人はチャレンジしてみるのもいいでしょう。ただし、ときどき様々な資格を集めることに夢中になりすぎて、本来自分が進むべき方向性を見失ってしまうこともあるので、資格ばかりに気をとられないようにして欲しいと思います。

自分に合った勉強法とは?大切なのは、「選択」と「モチベーションの維持」

ある特定の分野でスキルアップを考えた場合、後町さんならまず何をしますか?

私自身、わからないことは詳しい人に聞くのが早いと思っているので、気軽に情報交換ができる場所や人との関係性を築いておくのがいいと思っています。例えば、オンラインコミュニティやリアルで行われている勉強会、講演会などで人脈を築いておくこともひとつ。そもそも勉強は、基礎的なことさえわかればそのあとは1人でも勉強ができますが、何もわからない状態から踏み出す一歩目が難しいんです。

たとえば、がんの治療にかかわったことのない人が、いきなり抗がん剤治療の本を読んでもすぐには理解できませんよね。出てくる用語もわからないので、それを調べるところからはじまります。それなら、詳しい人に「何から勉強したらいいの?」「絶対に勉強しておかなければいけないのは何?」と聞けば早いし、効率的です。

確かにそうですね。ただ、本業を続けながら別の勉強をするとなると、なかなか時間が取れない方も多いと思います。

おそらく、なかなか勉強ができない人には、「勉強スタイルの問題」と「モチベーションの問題」のどちらかがあると考えています。「時間がなくて勉強ができない」状態になってしまう原因には、そもそも勉強法が合っていない可能性があります。そういった悩みがある方は、1度今の勉強法を見直してみることをお勧めします。勉強法は、「できる人のやり方を真似すればよい」ということはないので、まず自分に合ったやり方を知ることが大切です。

もし一定の時間を確保して勉強することが難しいのであれば、隙間時間に見ることができる動画やラジオ、記事コンテンツなどを活用すればいいでしょう。また、手段をどう選ぶかだけでなく、勉強を続けるモチベーションが維持できるかも重要です。自分に合った教材を、自分のモチベーションが保てる方法で適切に取り入れられれば、必ずスキルアップに役立てられるはずです。

勉強法①「最新情報をキャッチする」

後町陽子先生

具体的にスキルアップには、「最新情報をいち早くキャッチする」こと、それから「専門的なスキルを高める情報を得る」こと、「さまざまな情報を幅広くインプットしておく」ことなどが必要だと思います。これらの情報を取得する方法を教えてください。

私の場合は最新情報を得るための情報源として、日常的に新聞とSNSを活用することが多いです。SNSでは信頼できる情報感度の高い個人や団体が発信する内容をチェックしています。テレビは情報の確度が低いのであまり見ません。信頼できる情報を日ごろから効率よく収集する方法として、これらが自分に合っていると思うので、その2つをピックアップしています。なかでもTwitterはよく活用していて、たとえば海外の薬剤師の新しいガイドラインなどは欧米の薬剤師会をフォローしておくと最新のものが出てくるので、自分でホームページを見にいく必要がなく便利だと思っています。

それから、語学に抵抗がないのなら、国際薬学連合(FIP)という国際的な薬剤師団体が提供する無料のオンラインの講座などからも世界的な最新情報が取得できます。それから医療系Webメディアには、ほぼ毎日最新の論文やガイドラインなどの臨床関連情報がアップデートされていますから、空き時間にタイトルや要点だけでもチェックするとよいと思います。

勉強法②「専門的スキルを高める」

では次に、専門性を高めるためにはどのようなスキルアップの方法がありますか?

専門性を本格的に高めるには、仕事をしながら片手間に勉強をすることもできますが、大学院などの学校に入ることで、より体系的に集中的にスキルを高めることができます。もし勉強すべきことが決まっているのなら、その分野の専門家がいる学校に入るという選択もありだと思います。

ちなみに私は今、2度目の大学院に通っています。1度目はガーナでの青年海外協力隊から帰ってきたあとに「国際保健と薬学を追求したい」と考え、途上国の偽造薬について研究をしていました。それから、今は大学院で経営を学んでいます。独学では断片的になりがちで他者の視点を得ることが難しいので、そういった意味で大学院はとてもいい場だと思います。

なるほど。もし経済的な理由や時間の問題で通うことが難しい場合はどうしたらいいでしょうか?

まず経済的に難しい場合は、補助や給付金などの対象になる学校もたくさんあるので、1度調べてみることをおすすめします。私も現在通っている大学院の学費の3分の1は公的な給付金で賄っています。時間に制約がある場合は、入学しなくても単科のみの授業が受けられたり、授業がすべてオンラインで受講できたりする学校があるので調べてみてください。通学が必要な場合でも夜間や休日に開講されているものも多くあるので、ライフスタイルに影響しないものを選ぶといいでしょう。日本の大学院にも社会人向けのコースが増えてきており、働きながら通いやすい設計になってきていると思います。

学校に行くことが難しい場合でも、最近は無料のオンライン学習コンテンツが増えてきているので、そういったものを利用したり、医療系メディアを活用したり本やラジオなども活用できると思いますオンラインのラジオはスキマ時間や通勤時間に聴けて、内容も幅広いのでおすすめです。基本的に無料ですし、意外と専門性の高い番組も結構あるので、上手に使いこなせばとても面白いと思いますよ。

スキルアップには「継続」が重要。勉強を続けるモチベーションの保ち方

後町陽子先生

冒頭に後町さんからもお話いただいたように、これらの中から自分に合った勉強方法を選んだとしても、続けられない人は多そうですね。

私も、放っておいたら何もしないと思います(笑)。だけど、本当にスキルアップをしたいと考えるのなら、まずは続けることを第一に考えなければいけません。しかし、それが1番難しいことだったりもします。

どうすれば続けることができるのでしょうか?

勉強は自分に合った方法でいかにモチベーションを保てるかが重要で、そうした環境を構築できるかどうかがカギを握っています。1人でも黙々とできる方はそれで問題ないのですが、大多数は1人でインプットをしているだけでは勉強が辛くなってくるもの。ですから、私は継続するために、半強制的な環境を自分でつくるようにしています

半強制的とは、どのような環境でしょうか?

たとえば、私は今、雑誌や新聞の連載をいくつか持っていて、そのうち2つは世界の医療ニュースにまつわる記事を書いています。これを書くためには最新のニュースを把握しておかなければならないので、世界のニュース媒体や各国の薬剤師向けメディアを常にチェックしているんです。このように何かしらのアウトプットの場を設けておくと必然的に勉強し続けなければならないので、そのような環境に身をおくことは有効だと思います。

執筆に限らず、勉強意識の高い人たちが集まるコミュニティに参加したり、グループで1ヶ月に1回ニュースを共有する場をつくったり、ブログを決まった時間に更新したりするのもいいでしょう。今はオンラインコミュニティなどもたくさんありますし、そういう場で一緒に勉強したり、学びを共有したりする人は増えてきていると思います。

医療業界の枠を飛び越えて。必要なのは「専門性だけではない多角的な視点」

後町さんは、どんなスキルアップがこれからの薬剤師に必要だと考えていますか?

スキルアップにもさまざまな方向性がありますが、医療者としてだけでなく、一社会人としてレベルアップをするために、凡用性のあるスキルを磨くことがこれからの時代に求められていると思います。とくに、マネジメントスキル、その中でもコミュニケーションスキルとロジカルシンキングは、身に着けておいて損はありません。「仕事ができる」と周りから言われている人は、そうした「ビジネスの基礎力」があると感じています。

医療分野のスキルアップだけでなく、一般的なビジネスの基礎的スキルをもっと取得するべきだということでしょうか?

そうですね。医療業界の中での価値観がすべてだと考えている医療者は意外と多いです。しかし、社会にとって何か重要な選択をするときに、医療業界の中で医療的な基準だけで決められてしまう可能性があると思います。

たとえば、人口減少地域において経営が成り立たなくなった病院は、医療の需要と供給で考えれば病院をなくす選択が正しいと考えられます。しかし、病院が地域の人々の心の拠り所になっていたり、その地域の数少ない雇用の場であったりすることがよくあります。そういったことも考慮すると、この問題は医療の枠組みのなかだけで考えるのではなく、地域の人たちと一緒に決めることだと思うのです。なので、本来「患者数が少ないからなくしましょう」と単純に決めることは、ふさわしくないと言えます。

医療の世界だけにずっといると、医療業界の常識にとらわれて疑問をもたなくなりがちです。しかし、それだけでは本当の意味で患者さんや地域の人々を幸せにすることは難しいでしょう。まずは自分が偏った考えをもっていることを認識したうえで、多角的な視点から疑うことが必要だと思います

様々な視点から意見を唱えられる柔軟さこそ必要なのですね。最後に、スキルアップを考える薬剤師へメッセージをお願いします。

スキルアップをしたい目的が明確にあるなら、自分を信じて突き進むべきだと思います。「目的が定まっていないけどスキルアップがしたい」場合は、なぜそうしたいのか理由があるはずです。スキルアップにせよキャリアデザインにせよ、まずは目的や理由をおさえ、その方向に進んでいるか確認するために、定期的な振り返りを習慣化するといいでしょう

スキルアップは、自分のなりたい姿に近づくために努力するものなので、目的がないならマイペースに楽しく毎日を過ごしていてもいいと思います。でも、なりたい自分が明確にあるのなら、自分にとって1番効果的かつ続けやすい方法をうまく選択するといいと思います。

まとめ

今回の連載では後町さんのご経験になぞらえ、薬剤師のキャリアと国際協力、スキルアップと3回に分けてお話を伺ってきました。

これまでは終身雇用が当たり前で、ひとつの道のスペシャリストとして生涯のキャリアを貫くことが主流でした。しかし、今では様々な情報がインターネットで取得できるようになり、専門性はさらに細分化。これからの薬剤師は独自のキャリアを構築し、希少価値を高めていくことがより一層求められます。

薬剤師としてのキャリアを見据え、世界で活躍できる薬剤師として経験を積み、日々インプット・アウトプットを積み重ねていく。すべては自分の思い描いたキャリアを実現するために、自分がどうなりたいのかを考え、自分に合った勉強方法を継続していきましょう。そうすることで、理想とする自分の姿へと近づいていけるはずです。

▼▼ 後町陽子さんのインタビュー一覧


第1回 薬剤師のキャリアデザイン「やりたいことは、なくてもいい」
第2回 薬剤師の国際協力「よりよく生きることを支える医療を目指して」
第3回 薬剤師のスキルアップ「なりたい自分に近づくために」
後町陽子さんの写真
  • 後町陽子(ごちょう・ようこ)さん

薬剤師。ハイズ株式会社 医療経営コンサルタント。明治薬科大学を卒業後2年間、青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、低所得国の医薬品流通や品質にかかわる医薬政策を研究するため金沢大学大学院修士課程(国際保健薬学)に進学。急性期病院の薬剤師、医療者教育メディアでの編集者を経て、2018年から現職。本業と並行して薬局での勤務、医療通訳・翻訳、講演・執筆活動等でも活躍している。

ご自宅からご相談可能です!いまの時期でも安心してご活用ください Web転職相談会
記事掲載日: 2020/05/15

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